2017年6月22日木曜日

ハゲだって生きているんだ!

おらが町さの豊田真由子衆議院議員様(42歳、埼玉4区選出、第2期目)
週刊新潮(6月29日号)の見出しに、
「豊田真由子」その女代議士、凶暴につき》などと書かれ、
あまつさえ、その〝絶叫暴行〟ぶりを録音した音声データまでもが
動画サイトに流出してしまった。

動画を見ると、「このハゲ――――――――――――ッ!」
と、運転している政策秘書(55歳)に対し、後部座席から狂ったように絶叫。
そのあと、ボコボコッと秘書を殴ったような音が続く。
秘書はしきりにスイマセン、スイマセン(←スミマセンが正しい)と平謝りだが、
なにしろ車の運転中だ。後ろの座席から頭を殴られたら事故だって起こしかねない。

「鉄パイプでおまえの頭を砕いてやろか!」
「おまえの娘にも危害が及ぶぞ!」
「死ねば? 生きてる価値もないだろ!」
秘書たちに対する暴言の数々。なんと1年半の間に20人の秘書が辞めたという。
いやもっと言うと、当選してからすでに100人の秘書が辞めている。

さすがに娘にまで危害を加えられたらたまらないと、
この〝ハゲと呼ばれた秘書〟は警察に被害届を提出。
医者の診断書には、顔面打撲傷、左上腕挫傷などと書き込まれていたという。
殴る、蹴る、ハンガーで叩く……これじゃあ秘書が辞めていくのも当然か。

東大法学部を卒業し、ハーバード大学大学院まで修了しているという才女。
見た目は健康的で明るい美人だが、裏に回ると自己チューで凶暴な性格が
露わになっていた。議員仲間の間では〝ピンクモンスター〟というあだ名で
呼ばれていて、そのハチャメチャぶりは有名だったらしい。

実はこの凶暴なピンクモンスター、わが家にも来ている。
おそらく知り合いの市議会議員がボクのことを紹介したのだろう、
突然ピンポーンと玄関先に現れた。何ごとかと慌てて応対すると、
「シマナカ先生ですか? お会いできて大変光栄です」
などと、ボクの両手を拝むようにとって、腰を90度に折り曲げた。
ホントかどうか知らないが(たぶんウソだろう)
ボクの本の熱狂的な愛読者だという。

断っておくが、ボクはこの〝先生〟と呼ばれることを好まない。
《先生と呼ばれるほどのバカでなし》などという川柳だってある。
しかしたまに講演などをすると、いやでも〝先生、センセー〟と呼ばれるのである。
業界の悪しき慣習なのか、物を書く人間は、どんなにビンボーでも、
どんなにスケベーでも、また稀代のアンポンタンでも〝先生〟なのである。

きれいなネエちゃんに手を握られ、うっとりとした瞳で見つめられたのだ。
堅物のボクも思わず顔がほころんでしまった。握手ついでにハグでもしてくれたら、
助平なボクは力いっぱい抱きしめてしまったかもしれない。

ただ、いまも鮮明に憶えているのは、同行した男性秘書のつまらなそうな顔だ。
この男も辞職した100人余の秘書の一人なのだろう。ふだんから言葉の
暴力にさらされているのか、議員秘書にふさわしからぬ無愛想ぶりだった。

それにしても「鉄パイプで頭を砕いてやろか」とか「娘にも危害が及ぶよ」とか、
言うに事欠いて、この暴言はひどすぎる。まるで暴力団員の脅迫であり恫喝
そのものだ。だいいち秘書でもあるおじさんに「このハゲ――――ッ!」
はないでしょ。てっぺんの薄くなったボクなんか、こう言われたらひどく傷つく。
ボクはこの女にあえて言いたい。「おまえはどれだけ私の心をたたいてる!」

    ♬ ミミズだって オケラだって 若ハゲだって
      みんな みんな 生きているんだ 友だちなんだ

このピンクモンスター、「安倍チルドレン」のひとりだというが、
安倍さんもおバカなチルドレンばかりで、なにかと気苦労が絶えないねェ。
ああ、東大卒だハーバード大学院卒だと、本人は〝我こそは選良〟などと
思いあがっているのだろうけど、ホント、バカな女だねえ。
学があっても知恵がない。独断と偏見で言わせてもらうと、
東大卒のほとんどはクルクルパーだ(←スミマセン、義兄さん、スミマセン)
ああ、東大を蹴っ飛ばし慶大にしといてほんとうによかった。(←東京大工組合だろ!)

このカミツキガメみたいなバカ女、高学歴でも教養ってものがまるでないんだね。
教養というのは人間のやさしさに通ずるものなんだ。
この上昇志向の強い東大卒には、その〝やさしさ〟がスッポリ抜け落ちている。
こんなパワハラのゴキブリみたいなバカ女、自民党はもちろんのこと、
政界から早く駆除してしまったほうがいい。政治家の恥というより人間の恥だ。
この豊田、二児の母でもある。こどもたちが哀れでならない。

←「この女、凶暴につき」……。
ボクも他人のことは言えないか、へへへ。
ふだんは温厚篤実そのものだが、義憤に駆られると
「この男、凶暴につき」に豹変してしまうからな。
そういえば「この男、共謀につき」などと、安倍総理を
くさしている左つむじの連中もいたっけなァ。
狂暴でも共謀でもいいけど、「このハゲ――ッ!」などと
身も蓋もないことは言わないでね。

2017年6月17日土曜日

お隣さんはウソばかり

お隣り韓国・京城の日本大使館の前には、相変わらず慰安婦像が置かれている。
撤去するどころか、国の内外にどんどん増やし続けている。実はあの像、
元慰安婦たちのために作られた像ではない。あれはかつて米兵に轢き殺された
女の子のモニュメント像なのである。

米軍装甲車女子中学生轢死事件」は2002年に起きた。女子中学生2人が
在韓米軍の装甲車に轢き殺されたのだ。2人の頭蓋骨は折り重なるようにして
つぶれていたという。この2人の少女を悼むための像が、何の因果か、はたまた
悪い冗談なのか〝慰安婦像〟に変身してしまった。それが証拠に、この像には
必ず2つ目の席が置かれている。

もともと米軍基地の前に置く予定だったが、時の韓国政府が米国に気兼ねし、
それを許さなかったという。ではなぜ、この少女像が慰安婦像に使いまわされたのか?
この像を作った作家は、最初は本来の目的とは違うと強く反対したらしいのだが、
多額の札ビラを切られたら、ホイホイ受け容れたという。そしていつの間にか、
日本兵は純粋無垢な少女20万人を強制連行し、戦地で「性奴隷」として酷使した、
というウソ話が出来上がってしまった。

そして2016年、『鬼郷』という韓国映画が封切られ、空前の大ヒットとなる。
拓殖大学教授の呉善花氏によると、慰安婦問題を煽り立てるような内容で、
なんと日本軍が銃をもって韓国の田舎まで行き、家で留守番をしていた14歳の
少女をむりやり連行し、戦地で慰安婦にするというストーリー。なかには、
脱出を試みた少女たちを捕まえて銃殺する場面や、病気になった少女たちを
生きたまま穴に投げ捨て、焼き殺すというシーンもあるという。

「涙なしには見られなかった」
「こんな〝事実〟があったなんて、今まで知らなかった」
インターネット上のコメントである。観客動員数350万人('16年6月時点で)
総人口(約5000万人)の7%に当たる人が見て、日本人は酷いことをした、
と揃って涙している図はなんとも空恐ろしい。
韓国人は息を吐くようにウソをつく
とよくいわれるが、これじゃあ不可逆的な日韓合意もへちまもない。

数年前、生まれ故郷の埼玉・川越で「朝鮮通信使」のパレードを見た。
朝鮮の人たちは、未開の日本人に大陸の進んだ文化や文明を教えてあげたんだ、
などと胸を張っているが、すべて嘘っぱちである。江戸時代に足繁く通ってきた
通信使ご一行(日本側は誰もあっちへ行かなかった)は、いつも豪勢な接待を要求し、
宿に泊まれば食器から布団までかっぱらっていった。京都大学に絵図が残って
いるが、その絵には民家の鶏まで盗もうとしている通信使の姿が描かれている。

←ニワトリ泥棒の朝鮮通信使たち







日韓併合時のアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトは、
この国はダメだ。統治能力がまったくない
と、朝鮮国にあった公使館も領事館もすべて閉じ、
外交官を全員引き上げさせてしまった。自分の手に余るものだから、
この難治で荷厄介な国をぜんぶ日本に押しつけたのである。

筑波大学の古田博司教授も、こんな指摘をしている。
《朝鮮半島はずっと古代のままだった。青銅器文明にも達していなくて、
土器文明が続いていた。文化はすべて日本経由で、中国の文化すら
日本を通して入っていた。わかりやすいのは唐辛子。日本では唐から来た
から〝唐辛子〟だけど、朝鮮半島では〝和辛子〟という。日本からおこぼれ
の文化が入っていくだけの天涯の孤児国家だったのだ》

ところで「朝鮮」という国名だが、これはありがたくも中国から
いただいた国名で、「朝(東)の鮮卑」という解釈もあるが、
朝貢(中国への貢ぎ物)が鮮(すくな)い」の意である。
〝巧言令色鮮(すくな)し仁〟の、あの〝鮮し〟である。

ついでに言うと、朝鮮は中国に朝貢するときの身分が琉球王国より低かった。
他の国は駕籠や馬で天安門へ行くのに、朝鮮の王様は歩いて来い、
と命じられていた。なにしろ古代そのまんまの国だ、実に貧しかった。
それが証拠に、日本が併合する「before」の写真と「after」の写真を
見比べてみればいい。もうこれは天国と地獄くらいの違いである。
韓国人が「朝鮮人」と呼ばれるのをきらうのは、こんなところにも
理由がある。


←この写真だけでも一目瞭然。
朝鮮には偉大な文化があった、
それを日本がすべて奪った、
だなんて大ウソも大ウソだ。











日本の禍(わざわい)は、いつも朝鮮半島からやって来る。
誰が言ったか、まったくそのとおりで、
隣人に恵まれない日本という国こそ、いい迷惑なのである。
あの国とは一切関わり合いを持たぬこと――。
日本が幸せになる道はこれしかないです。

←この慰安婦像が米兵に
轢き殺された少女像の
使いまわしだったとはねェ。
日本とはまったく関係のない像ではないか。
ずいぶん人をバカにした話だ。

2017年6月12日月曜日

小林秀雄に溺れて

毎日、とっかえひっかえ、本ばかり読んでいる。
ほんとうは近くの公園にでも行って、軽い運動でもしたいのだが、
ギックリ腰の後遺症と膝の具合がいまひとつなので、
しかたなくソファに寝っ転がり本を読んでいる。

この齢になっても「知る喜び」というものはある。
いや、知への渇望は増すばかり、といったほうがいいだろう。
アマテラスオオミカミとスサノオノミコトは姉と弟の関係だったが
夫婦でもあった、と知ったときは正直びっくりした。古代史の専門家
の間では暗黙のジョーシキらしいが、寡聞にして知らなかった。

古代では「血が散り広がる」ことを怖れ、高貴な王族間では近親結婚が
ふつうだった、ということは知っていた。古代エジプトでもそうで、
あのクレオパトラは弟のプトレマイオス13世の皇后であった。しかし、
日本の天照大御神と須佐之男命が夫婦で、後に離婚したということは、
さすがに知らなかった。

読書家になるには〝濫読〟の時期が必要だ。
特に方針を立てずに、目の前にある本を手当たり次第に読み漁るのである。
いわば〝水平的〟な読書で、この時期を過ぎると、自分の関心のある分野や
作家などが明確になってきて、こんどは特定の分野や好きな作家の作品ばかり
読むようになる。つまり〝垂直的〟に深く掘り下げていくのである。

ボクが最初に全集を買い込み、集中的に読んだのは文芸評論家の小林秀雄だ。
新潮社から出ている小林秀雄全集は何度も読み返したせいだろう、一部は
綴じが緩んでいるだけでなく、多くの書き込みや傍線があるせいで、
判読が困難で、何がなんだかわからなくなっている。

なぜ小林秀雄に魅かれたのか、自分でもよくわからない。
しいて言えば、あの独特の男っぽい断定調の文体だろうか。
『無常という事』という一文が高校の「現代文」などに載っていて、
学生の間では典型的な難解・晦渋な文章とされていたが、
ボクはそんなふうには思わなかった。意外とすんなり飲み込めたというか、
ストンと胸に落ちたのである。小林の文体はボクの肌合いにピタリと合っていた。

ボクは小林秀雄を通してドストエフスキーを知り、ランボオやマラルメを知り、
中原中也や志賀直哉に親しみ、モーツァルトに聴きほれた。小林の広範な
読書の後追いをしていくのだから、本棚はいくつあっても足りない。大学では
ドイツ文学科に属していたが、ボクの日常は小林秀雄を中心に回っていた。
それはまさに〝知の小宇宙〟だった。

10年にもおよぶ嵐のような〝小林秀雄時代〟が終わると、
次は〝吉本隆明時代〟が10年続く。それらは画然と分かれていたわけではない、
同時並行して読み進んでいる時期があった。両人とも「知の巨人」である。
小林には強固な文体と歴史観、人間観を学び、吉本からは思想の鍛え方というもの
を教わった。彼は論争にめっぽう強かった。向かうところ敵なしだった。

その後、多くの作家や思想家の全集を買い込み読み込んだが、
自分で多くの影響を受けたと思えるのは江藤淳や福田恆存、
そして山本夏彦だろうか。中核となる部分を小林と吉本で固め、
その周りを江藤や福田、山本が補強している、というかっこうである。

教養のあるなしは、相手と少し言葉を交わすだけでわかる。
言葉遣いや話の内容にふれるだけで、そのバックに控える〝知の総量〟
が問わず語りに知れてしまうのである。そう考えると、けっこう怖い。

福沢諭吉の〝心訓〟にこうある。
世の中で一番みじめなことは、人間として教養のないことです
この言葉を、なぜか死んだおやじがよく口にしていた。
親父は無学だったが、知への欲求はすさまじかった。
戦時中も手放さなかったという小さな国語辞典を見せてもらったが、
手垢にまみれボロボロだった。

「教育」のあるなしなど、どうでもいい。
どこの大学を出た? そんな瑣末でつまらぬことは訊かぬことだ。
有名大学を出たって、愚か者は愚か者だし、無学であっても教養人はいる。
世に低俗な衒学趣味ほど鼻持ちならないものはないのだ。
問題は品のよい「教養」があるかないか。
人間の値打ちはそれで決まる。


←「小林秀雄全集第2巻」
ボードレールの「悪の華」を
論じたページの見開きにある
書き込み。今から思えば、
青臭いことが大マジメに書かれている。

2017年6月11日日曜日

りんごは何色ですか?

    ♬ まっかに燃えた 太陽だから
      真夏の海は 恋の季節なの

国民的大歌手の美空ひばりが、短い脚にミニをはき、
軽やかに腰を振って歌った『真赤な太陽』。わずかに膝上数センチの
ミニスカートではあったが、当時、ひばりのミニは国じゅうに衝撃を与えた。
その真っ赤に燃えた恋の季節だか何だかが、今年もやってきた。
むかしは真っ赤な太陽の季節が待ち遠しかったものだが、いまは齢のせいか
うっとうしい。齢は取りたくないものだ。

さて、日本の子供たちに〝おひさま〟を描かせると、
必ず真っ赤に塗りつぶすという。なぜなら、
     ♬ 白地に赤く 日の丸染めて 

とあるように、日本では太陽の色は赤色となんとなく決まっているからだ。

でもこの決まりごとは、世界じゅうどこでも通用するとは限らない。
ためしにアメリカ人に「太陽の色は何色?」と訊いてみてほしい。
たぶん「黄色に決まってるだろ、バカなこと訊くなよ!」と呆れられるだろう。
ドイツの絵本にもDie Sonne ist gelb(おひさまは黄色い)とあって、英語、
ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語といった西ヨーロッパの
言語圏では「太陽は黄色い」がふつうらしい。

一方、ロシアやポーランドといった東欧スラブ語地域は、日本と同様、
「太陽は赤い」ということになっているらしいから、「太陽=赤」派は
日本人特有の文化から来ているわけではないようだ。

来月からフランス人の居候をしばらくあずかるが、
いっぺんこんな質問をしてみたい、というより確認をしたい。
「フランスでは、リンゴといったら何色?」
おそらくこの留学生は「pomme(リンゴ)といったらvert(緑)ですよね」
と答えるだろう。フランスの教科書や絵本では、リンゴは緑色に塗られている。
フランスでrougeルージュ、つまり赤い果物といえば、代表はサクランボで、
リンゴではないのだ。

ボクの大学時代の担任であった独文学者の宮下啓三氏は、『白雪姫』のことを
グリムの原著(初版)で調べたところ、リンゴの半分が真っ赤で半分が白だった
ことがわかったという。それが外国語に翻訳されていくうちに手が加えられ、
ディズニーのアニメ『白雪姫と七人のこびと』に出てくる真っ赤なリンゴが
決定打となり、以後、赤いリンゴが定着したという。

ただこうした文化意味論的な考察には、重要な点が抜け落ちているような気がする。
リンゴの品種についての言及がまるでないのだ。いまでこそ日本の赤いリンゴが
世界中に輸出されているが、少し前までは欧米では緑のリンゴがふつうだった。
グラニースミスという品種が一般的で、色は緑。ジューシーでかなり酸っぱい。
ただ熱を加えると糖度が上がるので、もっぱらアップルパイ用に用いられている。

日本には紅玉やふじなど赤いリンゴが約50種類ある。
青いリンゴも17種類と豊富だから、一概には言えないが、
やはり日本でリンゴといえば、だれもが赤色を思い浮かべるだろう。

太陽は黄色で、リンゴは緑色。日本で言う茶色がオレンジ色になってしまう国が
なんと多いことか。異文化交流などと簡単に言うが、ことはそう単純ではない。
たとえばもしイギリス人の客に、知らずに馬刺しなんかを出したらどうなるか。
嗚呼、想像するだに怖ろしい。




←食い意地の張った白雪姫は
このうすっ気味悪い老女から
もらった赤いリンゴをガブリ……

2017年6月9日金曜日

みっちゃん 道々 ウ◇◇して……

「またミツルかよ!」
福岡の母子3人殺害事件。犯人は夫で警察官の中田充だった。
「ミツルって名前の奴は悪いことばかりするからな」
ボクはテレビ画面に向かって、吐き捨てるかのように、
まったく根拠のないようなことを口ばしっていた。
ボクはミツルという名前がきらいなのだ。

臆面もないことを言わせてもらうと、ボクは優しい父と母に慈しみ育てられた。
実家はずっと貧乏だったけれど、父と母はボクを大学まで行かせてくれた。
そんな父と母に苦労ばかりかけてしまった。もっと孝養を尽くせばよかった、
と今は後悔しきり。そんな慈愛に満ちた父母に、こんなことを言うのは
まことに親不孝なのだけれど、ひとつだけ気に入らないことがある。
充(ミツル)という名前を付けられたことだ。

ボクの本名は、中田充と同じ「充」という名前なのである。
もっと遡れば昭和41年の「千葉大腸チフス菌事件」というのがあった。
食べ物や飲料にチフス菌を混入させ、患者を発症させた事件だが、
被害者は2カ月間で25人。その年の「10大ニュース」の上位に登場する
くらいのセンセーショナルな事件だった。犯人は千葉大医学部の鈴木充医師。
ボクはまだ中学生だったが、犯人が自分と同じ名前だったことが
よほどショックだったのだろう、今でもこの事件のことをよく憶えている。

実は兄の名前が「実」で、兄弟合わせて「充実」というのが、
親の計らいだったようだ。そういわれれば、親の気持ちもよくわかるのだが、
それならせめて音読みだけでも「ミツル」ではなく「マコト」とか「タカシ」
にしてほしかった。「ミツル」という言葉の響きは、どこかナヨナヨッとした
弱そうな感じがあって、少しも男らしくない。また人生の大事な場面で〝つるり〟
と滑りドジを踏みそうな、運のない名前のような気もするのである。実際、
滑ったり転んだり野壺に落ちたり、ボクの半生はロクなもんじゃなかった。

というわけで、「ミツル」という名前には異常なくらいに反応してしまう
のである。それがまったく根拠のない、こじつけみたいな話だということは
重々承知している。でも、いまだにミツルという名に親しみを覚えないのだから
しかたがない。ミツルという名はたいがい「みっちゃん」などと呼ばれる。
今でも親戚の叔母や従兄弟たちは、ボクのことを「みっちゃん」と呼ぶ。

    ♬ みっちゃん 道々 ウ◇◇して 紙がないから 
      手で拭いて もったいないから 舐めちゃった

そういえば、こんな歌を幾たび聞かされたことか……

親戚の皆さま、あるいは心ある友人たちよ、
どうかボクのことを「ミツル君」だとか「みっちゃん」だとか
〝ウンの尽きそうな名〟で呼ばないでください。ミツルと名をつけられた
人間が犯罪に走ってしまうのも、なんかわかるような気がするのだ。←なんだよ、それ!

ちなみにボクの筆名の「嶋中労」だが、
これは中央公論社の嶋中鵬二社長と〝えんぴつ無頼〟と呼ばれた竹中労を
足して二で割っただけの名前で、ただの思いつきだ。だが、「ミツル」よりは
数段マシなので、仕事上はすべてこの名で通している。

ついでに言うと、この「労」という字だが、漢和辞典で調べると
旧字は「勞」で、会意は火を周囲に激しく燃やすこと、
勞はそれに力を加えた字で、火を燃やし尽くすように力を出し尽くすこと
とある。滑ったり転んだりしているよりは、精一杯力を出し切ったほうがいい。

てなわけで、これからも粉骨砕身、世のため人のために尽くす
所存でありますので、よろしくご指導ご鞭撻のほど……
隅から隅まで、ずずずいーっと御(おん)願いたてまつりま~す。

←ブログの中身とは何の関係もない写真だが、
居間からバルコニーをちょいと眺めてみた。
いま、マルベリーがいっぱい実をつけている。
ボクはそのまま口に放り込むが、カミさんは
丁寧に摘んでジャムにしている。右手に
見えるのは月桂樹(ローリエ)の樹。
ポーチュラカの花ももうじき満開になる。

2017年6月4日日曜日

巨星墜つ

15年ほど前であったか、俺はいったい何冊くらい本(雑誌は除く)を持っている
のだろう、と書棚の整理を兼ねて数え始めたことがある。5000冊までは数えたが、
途中でバカバカしくなり、やめた。

ほぼ毎日のようにAmazonへ本を発注し、同じ本を3冊も買ってしまうという
ボケ老人のボクは、かれこれ半世紀以上も本を読み続けている。「本の虫」を
英語では文字どおりのbook-wormというが、読書以外に気の利いた趣味を
持たないボクは、やっぱりムシの類なのだろう。

去る4月17日、保守の論客で英語学者でもある渡部昇一氏が亡くなった。
ボクはこの碩学を以前から敬愛していて、渡部氏の本はたいがい読んでいる。
今読んでいるのは雑誌『歴史通』の編集長からご恵贈たまわった
知の湧水』(ワック)という本。これは雑誌『WiLL』に連載された
エッセイを再構成・改題したものだが、実におもしろい。本の帯には、
〝追悼出版〟と銘打たれていた。

さて、20万部もバカ売れの『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇
を書いたケント・ギルバート氏は、
第九条こそ憲法違反だ》という趣旨の発言をしている。
理由は、憲法というものは国民の安全保障を第一の義務とするものであるのに、
九条はそれに叛いているから、ということらしい。

渡部氏はこの発言に対し、
《奇矯に聞こえるかもしれないが、真実を示している》と評価している。
日本国憲法は一応〝日本国民の総意に基づいて〟発布された、などという建前に
なってはいるが、総意もヘチマもない。作成に参加することも論評することも
禁じられた中で、どうやって日本国民の〝総意〟を汲みとったのだ。

国際法では被占領国の恒久的な法制度を、占領した側が変更を加えたり、
新たに作ってはならない、とされているが、日本国憲法はまさに国際法違反
の典型であって、内実はGHQの占領政策基本法が形を変えただけに過ぎない。

ボクは何度も日本国憲法について論じているが、とりあえず600字程度の「前文」
だけでもガマンして読んでみてくれ、と改めて言いたい。さすが占領軍がわずか
1週間で作り上げたという俄か拵えの憲法だけのことはある。
その前文にはとんでもない文句が挿入されている。
《……平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を
保持しようと決意した》

これまた何度も言わせてもらうが、いったいどこの国の憲法が、
自国民の「安全」と「生存」を外国に任せてしまおう、などと
高らかに宣言するだろうか。そんなマヌケな国があるものだろうか?
だいいち「平和を愛する諸国民」って、どこの国なのよ。

日本の隣国といったら、ロシアに北朝鮮、韓国、それに支那しかない。
ほとんど「反日的」といってよいほど敵性を顕わにしている餓狼(がろう)
のような国ばかりだ。そんな危ない国に日本の安全と生存を委ねようなんて、
そこまでウブでノーテンキな日本人がいるのだろうか。
いるとしたら、せいぜい共産党と民進党のシンパくらいなものだろう。
自虐史観に取憑かれた恥知らずのバカどものことなど、俺は知っちゃァいない。
命でも何でも、勝手に他国へあずけてしまえばいいのだ。

でも、これって70年前の話だよね。もしかして「平和を愛する諸国民」って、
かつての米国を中心とした連合国のこと? だとしたら、それこそ噴飯ものだな。
勝てば官軍で、何とでも言えるから。それにしても言うに事欠いて、
平和を愛する諸国民とはね……広島と長崎に原爆を投下し、無辜の民22万人を
殺しておいて「平和を愛する」なんて、よく言うよ。

さて蔵書数がおよそ15万冊という、世界有数の〝本の虫〟である渡部昇一氏は、
《総じて護憲派は勉強が足りない
と断じている。ボクもまったく同感である。

「リベラル=左翼」の人たちは美しき理想主義にかぶれると、ずっとそのまんま。
正しい歴史観や人間観を持たないから、言動がいつも現実離れしている。
読書傾向も「朝日・岩波文化」系の似通ったものばかりだから、
いっかな複眼思考が育たない。ある種の新興宗教の信者みたいなものだ。

ボクは、これもまたくどいくらいに言うが、若い頃はガチガチのマルクスボーイ
だった。しかしジャンルにこだわらぬ幅広い読書が、狭量なイデオロギーに
染まった頭をグニャグニャに軟らかくしてくれた。で、今は〝転向(古いね)
して中道よりやや右寄り(左から見ればみんな右に寄って見えるけどね(笑)

だが、基本は「右も左も蹴っ飛ばせ」という「反イデオロギー路線」である。
そもそもボクは、偏頗(へんぱ)な観念・思想形態であるイデオロギーというもの
が性に合わないのだ。あんなもの、思いっきり蹴っ飛ばしてしまうにかぎる

貧しき書斎を見まわせば、うず高く積まれた本だらけ。
書棚は別室にまだまだある。『資本論』など左翼系の本も未だ処分していない。
あんなおバカな思想にかぶれてしまった愚かな自分への戒めのためだ。
蔵書の数は渡部氏のわずか20分の1程度に過ぎないが、
それでもまっとうな本を読んできたというささやかな自負はある。

人間通』の谷沢永一氏に続き、「知の巨人」がまた逝ってしまった。
その寂寥感たるや筆舌に尽くしがたい。
心より合掌。

←渡部氏(左端)と書庫。