2018年5月22日火曜日

白人は実は黒人だった

以前、「イギリス人はドイツ人」という話を書いた。
で、今回は「白人は実は黒人だった」という話をしたい。

サセックス侯爵夫人――誰のことかというと、数日前に結婚した
英国ヘンリー王子の夫人、メーガン・マークルさんのことである。
メ―ガンさんは母親がアフリカ系のアメリカ人、
父親がオランダ・アイルランド系のアメリカ人である。

ロイヤルファミリーに初めて黒人の血が入る、
と賛否両論があった。多様性を重要視する時代だから賛成、
という進歩的意見があれば、黒人のプリンセスなど許されない、
とする保守的な意見も多かった。

白人は人類の中で一番優れている、とダーウィンが登場する前から
白人たちは思っていた。動物の中で人間が一番賢く、その人間の中で
白人が最も優れた人種であると固く信じていたし、
今もそう考えているフシがある。

モンテスキューは『法の精神』の中で、
《黒人が人間だと考えるのは不可能である。なぜなら黄金より
ガラス玉を好むからだ》などと失礼なことを言っている。

で、ギリシャ・ローマ文明につながるエジプト文明を調べれば、
その証拠が見つかるだろうと、王墓を発掘しその壁画をつぶさに観察してみたら、
《王は褐色の肌で、それにまず黒人が列し、次に黄色人が並び、
最後に入れ墨をした白い肌の野蛮人が並んでいた》
これはロゼッタストーンを解読したシャンポリオンが、
その失望を友人に書き送ったものである。
エジプト文明は黒人種のもので、当時は白人種が最も未開の人種であった。
予想外の結果に白人たちはガックリと肩を落とした。

ダーウィンの『種の起源』によれば、猿の毛がだんだん抜けて人類になった
のだという。ところが白人黒人黄色人を並べてみると、一番毛深いのが白人種だ。
つまりダーウィン説によると白人が最も進化の遅れた人種、
ということになってしまう。悲しいかな、これも〝やぶへび〟だった。

人類の祖先はアフリカ・エチオピア高原の黒人だった、
というのが今では定説になっている。その黒人の一部が狩猟の場を求めて
ヨーロッパに渡り、また別の一派は東へ向かった。
黒い肌は紫外線を通さないため、皮膚でつくられるビタミンDがつくれない。
環境適応の視点で考えると、黒人たちはゆっくりゆっくり皮膚の色を適応させ、
白色になっていったと考えられる。黒色から白色になるまでの期間は?
ざっと5000年と考えられている。約5000年かけて黒人は徐々に白っぽく
なっていったのである。

黒人の血を引くメ―ガンさんが英国ロイヤルファミリーの一員になる、
ということだけで大騒ぎしているが、そもそも5000年前に遡れば、
偉そうな顔をしている白人たちもそろって黒人であった。
王室の血が穢れる、などと言っている連中に対して、
ボクは声を大にして言いたい。
「あなたたちの遠いご先祖さんは色がまっ黒だったんですよ!」

実はアメリカにいるボクの従兄弟たちはメ―ガンさんと同じく
黒人の血を引いている。ボクの父方の叔母はアフリカ系のアメリカ人と
結婚したからだ。フロリダで大きな農場を営んでいた叔父と叔母。
すでに鬼籍に入ってしまったが、従兄弟たちはアメリカの国内外で
みな元気に暮らしている。従兄弟の子供たちにはスペイン系もいたりするから、
まさにみな民族多様性を絵に描いたような顔立ちをしている。

ボク自身もフランス人に間違えられたくらいだから、
皮膚の色や見てくれなんて、要はどうでもいいのだ。
ボクは子供の頃、パンに擬して人種の違いを描いた
変わった絵本を読んだことがある。こんな感じだった。

《パンを焼きました。オーブンから出してみたらまだ生焼けでまっ白でした。
再び焼きました。出してみたら焼き過ぎて真っ黒けでした。
こんどは慎重に焼きました。
出してみたらこんがり黄金色のおいしそうなパンでした》。

これとても〝黄色人種優位主義〟の変形バージョンにすぎない。
イギリス人も1500年前はドイツ人だった。時間軸をちょっとずらして
相対化すれば白人も黒人になるし、黄色人だって黒人になる。
ご先祖様が同じという意味では「人類みな兄弟」という言い方は正しい。

たかだか数百年に過ぎない「近・現代」をリードしたからといって、
白人どもよ、あんまり偉そうな顔をしなさんな。
時間軸を少しずらすだけで、優位性などすぐ逆転されてしまうものだ。

大事なのは歴史をつぶさに学ぶこと。その歴史から〝価値の相対性〟
というものを学ぶこと。人類の全歴史において白人が天下を取っていた時期など
ほんとちょっとだけだ。そのことを知らずに上から目線で語ることは、
「私たち白人は無知蒙昧な人種です」と天下に公言しているようなものだろう。
メ―ガンさん、つまらぬ中傷なんかにめげず、どうか幸せになってください。



2018年5月14日月曜日

愚一片の 無限の明るさ

敗戦の翌年、師範学校の教職を辞し、それこそ無一物となって
仏教の伝道に生涯を捧げた毎田周一(まいだしゅういち)。
思想家としても多くの著作を遺した。その中から一部を抜粋する。

●信ずるとは 赤ん坊のようになることだ
それはどうすることか 無用心になることだ 

●むつかしい顔をすることは、少しも要らないのである。
いつもにこやかな顔をして、すべての人に向かえばよいのである。

むつかしい顔をするのは、
ただその人の度量の小ささを語るのみである。
私はかくもケチな、チッポケな人間です、というばかりである。
狭っ苦しい殻をかぶり、われとわが世界を縮めているような、
せっかく生まれてきた人生を、
いつもこせこせと、しみったれて生きているような、
小人ですと、告白するばかりである。

微笑は自由の象徴である。
一切を容れて世界と共に生きるものの歓びの象徴である。

平和は、この微笑から来る。

ひとかどの人間だと思うから 自由になれないのです
この世のやくざ 大やくざ
人間の世界の屑であることに 目覚めるとき――
私は豁然として自由です

世の中で一番大切なことはどういうことであるか。 
頭を下げること。
一番詰まらぬことは。
高慢。

●人間最高の徳は?
謙虚。
人間最大の不徳は?
高慢。

●こんなに簡単な そして ただ一つのことを
それがわからないで 人がみな苦労している

それはどういうことか つまり それというのは
自分が馬鹿だってこと これがその一つのこと

自分を利口だと 思っていればこそ
みんながみんなこんなにも 苦労しているのだ

それこそは御苦労なことだ
そして恨みようもないこと
愚一片(ぐいっぺん)の ああ
無限の明るさ――

●純粋な情熱は ついに人を溶かす

才能も要らぬ 容色も要らぬ

ただ一つ 純粋は 無邪気と知れ

●唯一の真理は無常。

●悲観する人に――
悲観するも何もないよ
一切の苦の人生に
悲観のほかに何がありますか
仏の慈悲は
絶対悲観ですよ
(つまり君は認識不足なんです)


懇意の歯医者が言っていた。
「時々、待合室で騒いでいる人がいます。なかにはこんな人もいました。
待たされて気が立っているんでしょう。受付の子に向かって、
『おれを誰だと思ってんだ! (一部上場のあの有名な)〇△社の専務だった
んだぞ。いったいいつまで待たせるんだ!』。(カッコは筆者が入れました)
もうご隠居さんなんですがね、昔の栄光の金看板が忘れられないんでしょうね。
なだめすかすのに往生しました(笑)」

それにしても、よくもまあ恥ずかしげもなく、こんなセリフが吐けますね。
あの医院、待合室はいつも人でごった返しているのです。
そんな場所で、一部上場会社の取締役だったんだぞ、と力んでみたって
仕方ないじゃないですか。たいした会社じゃないですよ、
その程度の人を役員にしている会社は。

偉くなると、自分はその辺にころがっている有象無象とは違うんだ、
自分は神から選ばれた〝選良〟で、ひとかどの人間なのだと勘違いして
しまうんですね。よくいますよ、この手の高慢チキなおじさん。
おのれ自身を「愚一片」と悟るまでの道のりは相当険しそうです。

人間って愚かな生き物ですね。
だからこそこの世はおもしろいのかもしれません。








2018年4月23日月曜日

うかつに冗談も言えやしない

セクハラにパワハラ。
ともに外来語で、今、やけに世上を賑わせている。
「今日ね、今日ね、抱きしめていい?」
「手を縛ってあげる。胸さわっていい?」
「キスしたいんですけど……」
「オッパイさわらせて!」
「きれいだ、きれいだ、きれいだ、きれいだ」

ボクも相当スケベーなほうだけど、
F財務次官ほど品性下劣ではないと思う。
手を縛るだとか、オッパイさわらせろだとか、
そのセリフには品位も洒落っ気もない。それこそ聞いていて赤面して
しまうような、身も蓋もないセリフが次々と飛び出してくる。
この音声データが合成ではなく本物だとしたら、
この官僚トップの男、頭は切れるのかもしれないが、
人間が練られていないというか、未熟者としか言いようがない。

このセクハラ騒動を機に一気に安倍政権を追いつめられると勘違いした
野党の女性議員たちは、芝居っ気たっぷりに黒服を身にまとい、
米国発のセクハラ告発運動に倣ったか、「#MeToo」の紙を掲げ、
国会内を闊歩した。そしたら、その女性議員たちを揶揄して、
自民党の某男性議員が、
「私は皆さんに、絶対セクハラはいたしません。宣言いたします」
とツイッターで発信した。彼女たちはセクハラとは縁遠い方々、
とやってしまったのだ。黒服おばさんたちの、まあ怒るまいことか。
オンナというものはセクハラされても怒るし、されなくてもまた怒る。

たしかに「#MeToo」の紙を掲げたおばさんたちの顔ぶれを見ると、
カネを積まれたってセクハラなど御免こうむりたい、というご面相ばかりで、
自民党議員の揶揄嘲弄もわからないではないが、少し正直すぎた。

でも、たとえ出来が悪くても洒落が通じない時代というのは、
とげとげしく、薄っぺらな、いやな時代だと思いませんか? 

「正義」をふりまわすお調子者たちが百鬼夜行のごとく大道を闊歩し、
うっかり者や不心得者を激しくやりこめようとする。何ごとか口を
すべらせただけで「不謹慎だ!」と叱声を浴びせかける。当の正義漢たちの
ご尊顔を拝すれば、揃いもそろって眉根を吊り上げ、口元を尖がらした、
夜叉のような顔をしている。戦後70年で大事な情緒性が失われてしまったのか、
万事控えめだった大和撫子にはかつて見られなかったような顔つきである。

「愚妻」とか「荊妻」、「豚児」といった謙称さえ大っぴらに使えない
どうにも重苦しい時代。こういう時代になると、人の顔色ばかりうかがって、
きつい冗談すら飛ばせなくなる。

へたをすると、きれいなネエちゃんとお酒を飲む際は、
録音・録画されないように、事前に持ち物検査をするのがふつうの時代
になるのかもしれない。ああ、疑心暗鬼も極まれりだ。

リベラリズムというものが行き過ぎると、自由にモノが言えない、
どこか息苦しいこんな社会になってしまう。事実、アメリカ社会が
そうなりつつある、という悲しい報告もある。

嗚呼! ちょっぴりエッチな軽口すら叩けないとは……。
せめてボクだけでもエッチな会話をやりつづけ、
つまらぬリベラリズムの伸長に一矢を報いたいと思います。




←ボクもこのおっかないおばさんたちに
セクハラをすることは金輪際ない、
と思います。ここに改めて宣言いたします。

2018年4月16日月曜日

「にょにんきんぜい」って何?

土俵上に女性を上げてはいけないという「女人禁制」についてかまびすしい。
日本相撲協会は土俵上のやむを得ない医療行為についてはしぶしぶ了解したが、
巡業先での〝ちびっこ相撲〟については、今後女児の参加は認めない、とする
通達を出した。以前は男の子も女の子もいっしょに土俵に上がって、相撲取りと
押しくらまんじゅうをしていたものだが、今後は一切認めないという。

女人がなぜ土俵に上がれないのか、というと土俵上は神聖な結界だからである。
相撲はもともと豊作を祈願する神事で、土俵には何柱かの神様がいるという。
そのうちの豊作を司る神様が女性で、その神様に屈強な男たちのぶつかり合い
を見せることでしばし楽しんでもらおう、というのが相撲の発祥とされている。
その土俵上に同性の女性があがっては神様の機嫌を損ねかねないし、
やきもちを焼くことがあるやもしれぬ。神様の不興を買えば豊作どころか
凶作すら招きかねない。土俵上が女人禁制になった理由の1つはこのことである。

その2は何か。
それは〝穢れ〟という問題だ。神道的な解釈では、神聖な場所で血を流すことは
穢(けが)れとされる。女性には生理や出産という尊い行為がある。だが、
土俵上は別。相撲取りが土俵上に塩をまくのは土俵上を〝purify(聖化する)〟
する所作であって、土俵の中央部にはいわゆる「三種の神器」も埋めてある。
その聖なる場所を血(女性)で穢してはならない、ということで女性が禁忌に
なったのである。

宮本常一氏の民俗学的な本(特に『忘れられた日本人』など)の中には、
生理期間中の女性が母屋から離れたヒマゴヤ(生理小屋、不浄小屋とも)
に入って寝起きし、煮炊きするかまども別だったとある。
いっしょに食卓を囲むと、家の火が穢れるというわけだ。

昭和初期の田舎には御幣(ごへい)担ぎが多く、月のさわりがやかましく
言われた。ヒマゴヤは1坪ほどしかなく、腰巻などは陽の当たるところには
干せなかった。それらすべてが血の不浄を忌んだ風習であった。
女性からしてみれば生理や出産を〝不浄〟とされるのは不本意この上ない
ことだっただろうが、現実にそんな悲しい時代があったのである。

とはいっても、室町時代には女相撲があって、比丘尼など尼僧が相撲を
取っていたというから面白い。江戸期にも女相撲はあったそうだから、
女人禁制が大昔からの伝統というのは当たらない。女人禁制が一般的に
なったのはせいぜい明治期以降である。

私事になるが、まだ新米の雑誌記者だったころ、先輩の女性記者と一緒に
有名な鰻屋を取材したことがある。東京神田にある「神田川」という老舗で、
そこの調理場には80代の料理長がいた。先輩のT女史が勇んで調理場に
入りかけたら、その料理長がすかさず待ったをかけた。
「ここは女人禁制だから、足を踏み入れないでくれ!」
T女史は口あんぐり。取材はボクが代わっておこなったが、
勝気なT先輩はその日ずっと落ち込んだままだった。

女人禁制なんて時代遅れ、男女平等を謳う21世紀の時代にふさわしくない、
とする正論がメディアを賑わせているが、慣習や因習、伝統といったものの
およそ8割は不合理なもので成り立っていて、「不合理ゆえに吾信ず」という
ところが確かにある。合理的にスパッと裁断を下せないのが辛いところなのである。

この女人禁制騒動、海外メディアは鬼の首でも取ったかのように、
「日本はやっぱり男尊女卑の国!」
などと、またもや上から目線で論評しているが、
「えらそうなことを抜かすな!」
とボクなんか思っている。いかにも進歩的そうなスイスにしたって、
つい最近まで女性の参政権がなかったではないか。他国の歴史や伝統に
無知なくせして、勝手な理屈をこねるんじゃない、とつい反撃したくなってしまう。

ボクは緊急の場合を除いては、女人禁制を続けるべし、という考えだ。
古臭いとお思いだろうが、保守派というものは元来そういうものである。
だからといって女性差別とは何の関係もないので念のため。

ああ、それにしても比丘尼相撲だけは観たかったな。友人に美人の尼僧が
いるから、こんど会ったら彼女と相撲を取ることにしよう。←勝手に決めるな!

←長崎市式見地区に伝わる「式見女角力」。
これは2015年の横綱「百合乃花」の土俵入り。







photo提供/西日本新聞

2018年4月3日火曜日

女の脳はかつてスポンジだった

欧米の白人たちの得意技は数百年来の「上から目線」というものである。
自分たちのことはさておき、自らを道徳的高みに置いて、やたらと他を
見下したがる。彼らから見ると有色人種というのはいつだって下目に見るべき
存在で、それこそ懇切丁寧に蒙を啓(ひら)いてやらないと必ずや道に迷って
しまう、などとご親切にもそう思ってくれている。

彼らの眼には「日本は男尊女卑の国」と映るらしい。
実態は「女尊男卑」の国なのだが、日本の国の成り立ちや
歴史に無知な彼らの眼には、いつまでたっても真実が見えない。
天照大神はもちろん女性で、『源氏物語』や『枕草子』を書いたのも女性、
現代でいえば、家庭の中で財布のヒモを握っているのはいつだって女性である。
たしかに社会的に見れば政界や経済界での女性進出が遅れているかもしれないが、
だからといって日本の女性たちが虐げられている、とは言えないだろう。
イヴはアダムの肋骨から造られた副産物、とする男性優位主義に骨がらみの
くせして、劣等?の有色人種に対してはやたらと説教を垂れたがる。
この無知と横柄さは彼らの数世紀にわたる痼疾(こしつ)とはいえ、
何と言おう、大きなお世話なのである。

以前、ブログの中で「鼻曲がり貴婦人」について書いた。
中世ヨーロッパの騎士たちの夫人は、揃って鼻が曲がっているという話だ。
レディファーストなどと女性を敬う精神はあくまで建前で、実際は力の強い
者が勝つという男性優位主義(machismo)が支配的だった。で、外面だけはいい
騎士たちが家に帰ると夫人を思いきりぶん殴っていた、という事実である。
「鼻曲がり貴婦人」という言葉はそんな状況の中から生まれ出た。
レディファースト? フン、笑わせやがる。騎士道精神が聞いて呆れるわ。

The Trouble with Women(問題だらけの女性たち)
(ジャッキー・フレミング著)という本を読んだ。19世紀、ヴィクトリア朝の
女性たちが、いかにバカバカしい迷信と固定観念に苦しめられていたか、
著者がユーモアあふれるイラストと気の利いた警句でなで斬りにする。

女性は頭がとても小さかったので、刺繍とクロッケー(運動競技のひとつ)
以外はうまくできなかった」
当時の女性は精神薄弱だったので、教育を必要としなかった。女性の脳は
小さいだけでなく柔らかい、スポンジのような軽い素材でできていた」
美術評論家のラスキンは、
女性の知能は発明や創造には向いていない。男性を讃えるのが天職だ」
と女性を小バカにすれば、哲学者のショーペンハウエルも、
(女性は)子供と本物の人間である大人との中間段階ってとこだね、やれやれ」
などと慨嘆している。こっちこそ〝やれやれ〟だ。

あのダーウィンもルソーもクーベルタン男爵も、
みんな女性たちを進化しきっていない下等動物みたいに見ていた。
女の脳はスポンジでできていた
なんて、ずいぶん失礼なコメントではないか。男だって女の股の間から
生れてきたくせに、19世紀ヨーロッパの男たちは多かれ少なかれ
女性に対してこんなふうに思っていたのは確かだろう。

そのさんざっぱら女性を足蹴にしてきた欧米の男たちが、
騎士道精神を気取ってわれら野蛮な有色人種にもっともらしく
説教を垂れる。日米の貿易摩擦が激しかった'90年代半ばに、
ニューヨーク・タイムズ紙が、
日本の女の仕事はお茶汲みとセックスだけ
と書けば、ワシントンポスト紙も負けずに、
日本では女に人権はない。だからセクハラは事件にならない
などと大嘘をつく。トランプ大統領がこの両紙を〝フェイクニュース〟
の代表と断じるのはもっともなことなのだ。

あの傲岸不遜な白人どものへらず口をどうやって封じるか。
ボクはそのことに熱中すると、心がいつだって浮き立ってくる。
欧米のマッチョな野郎どもよ、スポンジ頭は女の専売特許ではないのだよ。
君たちの脳ミソを見たまえ。スポンジよりましかどうかは知らないが、
マッチョな筋肉そのものでガッチガチに固まってるではないか。













2018年3月28日水曜日

自分のことは棚に上げ

たばこは48の時にやめた。
初めて喫ったのが18歳の時だから、30年間喫っていたことになる。
本数は日に10本くらい。それほどのヘビースモーカーではなかった。

一時、粋がって両切りのピースを好んで喫っていた時期があったが、
大半はセブンスターやマイルドセブンといった〝軟弱〟な銘柄だった。
たばこと同時にパイプもやっていた。気分転換用で、原稿に行き詰まったり
するとバルコニーに出てプカプカふかした。さぞ近所迷惑だったことだろう。

たばこをやめたきっかけは、歯を磨いているときなどに襲ってくる嘔吐感だった。
(そろそろ潮時かもしれないな……)
その日を機に、キッパリとやめた。禁煙は難しい、などとよく言われるが、
ボクの場合は何の問題もなく、禁断症状も出なかった。
ああ喫いたいなァ、などとは一度も思わなかった。むしろ、
(おれは何であんなものを30年間も喫っていたんだろ)
という悔悟の念のほうが大きかった。

勝手なもので、最近はたばこのニオイを嗅ぐだけで気分が悪くなる。
歩きたばこをしている人を時々見かけるが、すれ違う時に無意識に
鼻を覆っている自分がいる。かつては周囲への迷惑を省みず、
あれほどスパスパやっていたのに、何という変わりよう。
人間(自分だけか?)というのはずいぶん勝手な生き物だな、とつくづく思う。

レストランなどでも傍若無人にたばこをふかしている人がいるが、
はた迷惑もいいところ。食事をしているわずかな時間さえもガマン
できないのか、とその意志力の欠如に怒りさえ覚える。

たばこを吸うのは個人の自由だからいい。ただし人のいない所でやってくれ。
歩きたばこなど論外で、ポイ捨てした人間は即逮捕したほうがいい、とまあ、
勝手な理屈をこねているが、昔のボクだったらいったい何度逮捕されたことか。

近頃は受動喫煙の害について盛んに言われているせいか、たばこ飲みは
肩身が狭いのだろう、どことなくオドオドしたそぶりを見せている。
(こいつ、まだたばこなんか喫ってるのか。薄志弱行の野蛮人め!)
などとする周囲の非難がましい視線に堪えられなくなっているのだ。

実際、受動喫煙の害を本気で受け止めている企業や役所も出てきている。
奈良の生駒市役所は「喫煙後、45分間経った人でないとエレベーターに乗れない
というルールを作った。専門家に言わせると、喫煙後45分間は、
喫煙者の肺から有害物質が出続けているのだという。

そんな風潮の一方で、コンビニの駐車場の近くで、もとヤンキーっぽい
茶髪のヤングママが、幼児の前でウンコ座りしながらスパスパやっていた。
この調子で家の中でも喫っているとしたら、こどもたちの肺はいったい
どうなってしまうのだろう。他人事ながら心配になる。悲しいかな子は
親を選べない。こどもの健康より自分の欲望を優先する未熟な母親は
いっぱいいる。母親がこんなふうなら父親も似たようなものだろう。
そして祖父母も。

♪ 初めて試したタバコがショート・ピース。
  親爺のマネして気取ってちょっとポーズ
  たちまち目まいでクラクラめしも喰えず
  学生服のポケットにそっとかくす
  弁当が済んだらトイレでちょっとふかす。
  ヤニっこ取るため歯ブラシゴシゴシ

懐かしい『スモーキン’ブギ』の一節。
歌詞にあるような、こんなおバカな時代がボクにもありましたな。
酒とたばこは男の通過儀礼でもあるのでしょうか。
でも、たばこだけはもうコリゴリ。酒はもう少し続けます。




















2018年3月17日土曜日

カフェ・ド・ランブルの関口一郎氏逝く

去る14日、銀座「カフェ・ド・ランブル」の店主・関口一郎さんが亡くなられた。
享年103。大往生と言えばまことにそうなのだが、遺族の思いに寄り添えば、
とてもそんなことは言えない。ただ100歳を超えても矍鑠(かくしゃく)としていた、
という事実を鑑みれば、げに関口一郎畏るべし、とはいえるのではないか。

関口さんは拙著『コーヒーに憑かれた男たち』(中公文庫)の中に
出てくる「コーヒー御三家」のひとりである。一番年若だった吉祥寺
「もか」の標交紀氏はすでに物故していて('07年)、最長老の関口さんが
彼のあとを追うことになった。南千住「カフェ・バッハ」の田口護氏は
とうとう置いてけぼりだ。櫛の歯が欠けるように、親しかったものが
次々と逝ってしまうのはまことに悲しく淋しい。田口氏にはお二人の分まで
せいぜい長生きしてもらいたい。

ランブルにはよく通った。
カウンターには座らず、入口付近にしつらえてあった関口さんの
隠居部屋みたいな特別席(ボクは「イチローコーナー」と勝手に呼んでいる)
に図々しく座らせてもらった。20代のまだ新米記者だったころから
のおつき合いなので、気心も知れ、軽口ばかりたたき合っていた。
歳は37も離れているのに、関口マスターは「嶋中君、嶋中君」と
可愛がってくれ、いつだって気さくに口をきいてくれた。

関口さんには何冊か著作があるが、
珈琲辛口談義』と『銀座で珈琲50年』(共にいなほ書房)の
2冊はボクが聞き書きして本にしたものだ。

関口さんは生涯独身を貫いた。
愛人がいたという噂がないわけではないが、
「コーヒーに忙しくて、女にかまけてるヒマなんかなかったんだよ」
というのが本当のところだろう。いや、独身を通したからこそ
100歳の長寿を全うできたのではないか、とボクは思っている。
あるいは関口さんが口ぐせのように言っていた「長寿の秘訣はコーヒー」
なのかもしれない。あなたも100歳まで生きたかったら、生涯独身を通し、
オールドコーヒーを飲み続けることだ。これが関口さんの残した教訓その一(笑)。
実際、女に投じるカネと時間と精力はバカにできないものね(シミジミ納得)
あれで寿命がどれだけ縮むことか(世の女性たちよ、心から🙇ゴメンナサイ……

晩年、ランブルを仕切る甥っ子・林不二彦氏のもとに身を寄せた関口さん。
江東区森下のご自宅を二度ほど訪ねたことがある。2階にある関口さんの
部屋は20畳ほどの広さで、扉を開けた瞬間、何と言おう、パンドラの箱を
開けてしまったみたいなショッキングな光景が目に飛び込んできた。
そこにはビーカーやら試験管やらさまざまな実験器具が散乱していて、
足の踏み場もないのだ。大森の一軒家に独り住まいしているときも、
蜘蛛の巣が散見される部屋を見て、灰神楽が立ったようなすさまじさを
感じたものだが、こっちの部屋だって負けてはいない。

そんなボクの穏やかならざる心中を察したのか、関口さんは
飄々としながらも気を遣ってくれて、
「嶋中君、なにか食べますか?」
などと声をかけてくれた。言うなりいきなり冷蔵庫を開けたのだが、
庫内には試作中の菓子やらケーキがどっさり。色目を見ると、
いつ作ったのか判然としない、失礼ながら腹を下しそうなものが
いっぱいありそうだったので(笑)、
「いや、おかまいなく。先ほど遅い昼食を済ませたばかりなので……」
となんとかごまかした。

銀座のランブルは有名人たちの溜まり場だった。
川端康成に永井荷風、市川紅梅に水谷八重子、勘三郎に白洲正子と豪華絢爛。
ある時、ジョン・レノンとオノ・ヨーコがひょっこり顔を見せたが、
あいにくの満席。ジョンのジョの字も知らない竜子ママさん(関口の妹)は、
「ご覧のようにいっぱいなのよ、悪いわね……」
とあっさり断ってしまった。カウンターで働いていた若いスタッフたちは
心底ガッカリしたという。

哲学者の谷川徹三(詩人・谷川俊太郎の父)もよく来た。
「うちの女房、近頃とんとボケちゃってね、トイレに入っても
アレを流すの忘れちゃうんだ。で、いつもほっこりした立派な
オブジェが便器の上に鎮座ましましてる(笑)」
 こう言って関口以下スタッフを笑わせるのだが、
当の本人がトイレから戻った後に便器をのぞくと、
小便が流していなかったりする(笑)。

銀座8丁目、新橋方面に向かって中央通りから一筋左に入ったところに
珈琲だけの店「カフェ・ド・ランブル」はある。昭和レトロの趣を湛えた、
無愛想なほど飾り気のない小さな珈琲店である。名物店主を失ってしまった
あの〝イチローコーナー〟はこの先どうなってしまうのだろう。
淋しさに堪えない。

ここに改めてコーヒー業界の〝巨星〟関口一郎氏のご冥福をお祈りする。
心からの合掌。


←左端のボクの隣が関口さん。
『コーヒーに憑かれた男たち』
に登場する「コーヒー御三家」
の勢揃いだ。