2017年4月19日水曜日

リベラル派大っきらい!

概してインテリほどリベラリストを気取りたがるようだ。
ではそのリベラル(liberal)とはいったい何か? 
トランプ政権が誕生したアメリカでは、「反トランプ」を掲げる各種メディアを
揶揄しているのか、「リベラル=おバカさん」という意味合いまで生じてきている。
で、辞書を引くと、
「自由な、寛大な、気前のよい、進歩的な」などとのんきなことが書いてある。
この伝でいけば、ボクなんか典型的なリベラル派だろう。

ところが現代の、それも日本のリベラル派という奴は、ちょっと趣を異にしている。
ボクの師匠の名コラムニスト・山本夏彦は、
《(リベラル派とは)何かというと反体制や反権力を気取りたがる薄っぺらな人たち
口先だけで革新や改革を唱えているエセ良心的な偽善グループ》というふうに揶揄して
いた。

あるいは、
《崩壊した社会主義に、今もって心情的に同調している〝喪家の狗〟たち》
とも言った。平たく言っちまえば、いつだって弱者の味方を気取りたがる
〝ええかっこしぃ〟の連中ということか。

あなたの身の周りにこんな輩はいませんか?
ボクの周りには残念ながら佃煮にするくらいウジャウジャいます。
そのほとんどが全共闘世代と呼ばれる〝団塊の世代〟である。
GHQの洗脳にさらされ、日教組教育の申し子みたいな世代だから、
朝日新聞をこよなく愛し、それがために〝反体制〟が習い性になってしまっている。
おまけにそれが彼ら自慢のファッションでもあるのだから、ますます救われない。

この夢見がちの世代は「国民」という言葉をきらい「市民」と言いたがる。
「市民活動家」と称する連中は、みなこの手の〝喪家の狗〟と思って間違いはない。
国民と市民の違いは何か? 国境の観念があるかないかである。
市民派には国境がなく、人種を超え、民族を超え、全人類が仲良く交わる。
これが市民派の思い描く美しき「平和のイメージ」だ。

なんだか桃源郷のような別天地に思えてしまうが、
このような美しき仙郷が、かつてこの地球上に存在したことがあっただろうか。
過去にも現在にもそんな夢みたいな理想郷は存在しなかったし、
これからも存在することはないだろう。

だからアメリカでloopy(愚か者)と呼ばれた鳩山由紀夫みたいな
似非リベラリストがしゃしゃり出て、
《日本の国土は日本人だけのものではない》←じゃあ、誰のものなんだよ!
などと発言し、餓狼のような支那人や朝鮮人を喜ばせてしまう。

来日している米国のペンス副大統領は、北朝鮮を威嚇しつつこう断言した。
Peace only comes through strength. 
平和は力によってのみ達成される》と。

ただべんべんと馬齢(鳩齢か?)を重ねてきたloopy鳩山は、
歴史からも人生からも何ひとつ学んでいないようだが、
少なくともアメリカの副大統領がおバカな夢想家でない
ことだけはハッキリした。

ボクは心情的にはリベラル派だが、同時に徹頭徹尾保守のリアリストでもある。
「理想」は人並みに持ってはいるが、「理想主義」なるものは極力排している。
つまり透徹したリアリズムこそが真実への近道だと固く信じている。

世界政治は理想主義から最も遠いところにあり、実体は「食うか食われるか」
パワー・ポリティクスによって動かされている
それが冷厳なる事実で、その程度のことは少しでも歴史を学べばわかることだ。
ここでもう一度以下の言葉を繰り返そう。オットー・ビスマルクの言葉だ。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ》と。

悲しいけれど人間は愚かな動物で、性悪でもある。
目を離すと何をするかわからない。
リベラル派はのんきに〝性善説〟を信じているが、
リアリストは〝性悪説〟しか信じない。

そして悲しいことだが、世界は〝性悪説〟で満ち満ち、
〝性悪説〟によって成り立っている。動物の世界と同じで、
隙を見せたらおしまい。弱肉強食が世の常なのだ。
そこのところが、リベラリストを標榜するお人好したちにはわからない。
その証拠に、彼らはいつだって判断を過つ。
正しい歴史観と世界観を持っていないからだ。
いや、もっと言うなら、正しい人間観を有していない。

純粋な数学以外はすべて〝文学〟だ、と某著名人が言っていたが、
リベラリストに欠けているのは、人間学の宝庫ともいえる豊かな文学の素養である。
もっと勉強したほうがいい。


←強さは平和を保ち、弱さは侵略を招く、
と故レーガン元大統領。








さて、これは蛇足で恐縮なのだが、その用心深いボクが、明日20日(木)、
都内の地下鉄主要駅に配布される『メトロ・ミニッツ』というフリーマガジン
に愚かにも若づくりしたカッコウで登場する。御用とお急ぎでない方は、
冷やかしでもけっこうです、ぜひ手に取ってくださいな。

←Under Armourの広告塔と化して
いる老生。このUSブランドは元
アメフト選手だった娘婿が愛用して
いて、ボクも白髪と薄毛隠しに
利用している。



photo by Ako

2017年4月10日月曜日

花の下「初孫」に酔う夕べかな

近所の酒屋からの帰り道、友人の奥さんとばったり。
「あらっ、いいものぶら下げているじゃありませんか。お花見ですか?」
こっちはニヤリと笑って、酒瓶を目の前にヌーッと突き出し、
「この紋所(銘柄)が目に入らぬかァ! 頭が高い。控えおろう!」
芝居がかって大音声。
「ん? このお酒って、そんなに手に入りにくいお酒なの?」
「そうだな、ふつう十月十日は待たないと手に入らないな
「…………?」
しばし沈黙がつづく。こっちは今にも吹き出しそう。
「十月十日? えっ、もしかして……お孫さん、生れたんですか?」
「にぶいんだよ、あんたは!」
二人して大笑い。
奥さんからは改めて丁寧な祝意が表された。ありがとね。

ボクがぶら下げていたのは山形の酒「初孫」。
いつもは「秋鹿」とか「隆」といった純米無濾過の生原酒ばかり
飲んでいて、「初孫」や「ひこ孫」とは無縁でしたが、
毎日、孫の百面相を眺めていたら、「初孫」でも飲んで、
孫の誕生を祝ってやろう、という殊勝な気持ちになった次第。
実際は、単に酒を飲みたいだけなのだが、祝い事にかこつければ、
女房や娘の目を気にせず、堂々と飲める。
酒飲みは狡賢いのであります。

誕生から11日目。
孫は日に日に〝いい男〟になってゆきます。
生れたてはクシャクシャの猿みたいで、今ひとつ感情移入できなかったのですが、
ジージに似た端正な顔立ちになるにつれ、可愛さがいや増しています。
まァ、何と申しましょうか、やっぱり孫は可愛いですな。←バカ

というわけで、近頃は時事巷談的な話題は脇に追いやられ、
もっぱら〝初孫〟一色のブログになっておりますが、
もうしばらくご辛抱のほど、平に……。

さて北朝鮮は相変わらず予測不能なキナ臭い動きを見せております。
米原子力空母「カール・ビンソン」も急遽朝鮮半島へと向かっています。
まだ一触即発という事態には至っておりませんが、米軍基地を置く
日本にあっては、不肖わたくしも初孫誕生に浮かれてばかりもいられない、
といったところでしょうか。「夜郎自大」が習い性になってしまっている
あの国にも、実際困ったものです。

今日は小学校の入学式。
可愛い、ピッカピカの一年生たちが着飾った両親に手を引かれ、
嬉しさと不安がない交ぜになったような顔でゾロゾロと行き交っています。
桜もちょうど満開。
四月は〝新人たち〟がいっせいに輝く門出の月です。
わが家の初孫もその新人の一人。
俗塵にまみれたこの世にようこそ!」といったところでしょうか。
頑張れよ、新人君。



←わが団地の入口付近。
向こうに見えるのは
「HONDA」国内本社の庭。
みごとな桜並木が見える。







2017年4月5日水曜日

取材する人される人

台東区・日本堤(通称山谷)にある「カフェ・バッハ」は
拙著『コーヒーに憑かれた男たち』(中公文庫)にも出てくる、
いわゆる自家焙煎コーヒー店の〝御三家〟の一つだ。
そのバッハに昨日、久しぶりにおじゃました。

店に入ると、懐かしい顔が笑顔で迎えてくれた。店長以下、スタッフのほとんどは
みな顔なじみで、すっかりご無沙汰のボクを快く迎えてくれた。バッハに来たのは
取材のためだ。いつもならボクが取材させてもらう側なのだが、昨日は逆で、
ボクが取材される側だった。

実は『メトロミニッツ』という雑誌がある。毎月20日、都内の地下鉄駅52駅の専用
ラックで配布されているフリーマガジンで、その4/20発行の号にボクが載るのである。
対談相手はFMラジオ放送「J-WAVE」のナビゲーター・渡辺祐(たすく)氏で、
およそ2時間ほど対談した。

カメラマンも含め、総勢7名がバッハに押し寄せたのだから、
店側としたらたまったものじゃないだろう。撮影している間は、
もろ営業妨害そのものであったが、寛大な店主やスタッフのおかげで、
ぶじ取材撮影を終えることができた。改めて深甚なる謝意を表したい。

バッハ店主の田口護さんは北京出張から帰国したばかり。
聞けば、中国の西太后ゆかりの地・熙和園(いわえん)の近くに、
バッハにそっくりな「黄金時代」という名のカフェを開くのだという。
その開店準備のため上海や北京を経巡っていたのだ。

日本国内にはいっさい支店を持たない田口さんだが、どうやら
中国で自家焙煎コーヒー店のフランチャイズ展開を指導するらしい。
もちろん経営するのは中国の人で、田口さんはあくまでコーヒー焙煎や抽出、
スタッフ教育などの技術指導のみ。田口さんの主要著書『田口護の珈琲大全
(中国語版)は中国や台湾でもバカ売れしていて、彼の地ではそれこそコーヒーの
〝神様〟と崇められている。講演会などしようものなら、数百人が押し寄せ、
アイドル並みの活況を呈するという。




←中国語版の『田口護の珈琲大全』
中国人たちはこの本をボロボロになるほど
読み込むのだという。中国、恐るべし。





ああ、それなのに、田口さんには悲しいくらい商売っ気がない。
ボクだったら「すわっ、ビジネスチャンスだ!」とばかりに
目をギラギラさせるのだが、そうした娑婆っ気がないのだから、
なるほど神様仏様なのである。

さて漫画『あしたのジョー』で有名な山谷地区は、大阪の釜ヶ崎と並ぶ
日本有数の寄せ場で、ドヤ街という日雇い労働者の木賃宿が軒を並べている。
その山谷にも高齢化の波が押し寄せ、ひところの熱気は鳴りをひそめているが、
それでも昼間っから酒をかっ食らって道端に寝ころんでいるおっちゃんたちは
健在で、かろうじて山谷の命脈を保っている、という感じだろうか。

宿泊料の安いホテルも多いせいか、山谷地区は十数年前から外国人旅行者、
とりわけバックパッカーたちの聖地になっているようで、
バッハの近くのビジネスホテルにも外国人旅行者が引きもきらない。
時代の波に洗われ、山谷も変わりつつあるようだ。

繰り返すが、ボクの対談記事が載る『メトロミニッツ』は4月20日に配布される。
都内の地下鉄主要駅には山積みにされ、おまけにタダなのだから、
御用とお急ぎでない方は、ぜひ手に取ってくださいまし。






←これがフリーマガジンの『メトロミニッツ』
という小冊子。

2017年4月1日土曜日

吾輩は♂である、名前はまだない

昨日……孫が生まれた。ボクにとっては初孫である。
可愛い突起物が付いているらしいから、たぶん♂なのだろう。
漱石の『猫』ではないが、名前はまだない。
候補がいっぱいあって、絞り切れていないのだ。

「赤ちゃん」とはよく言ったものだ。
ベッドでスヤスヤ眠っている、へその緒を切ったばかりの赤ん坊は、
血管が浮き出て見えるためか、ほんとうに赤い色をしている。
桐箱に入っているへその緒も、〝新鮮な切りたて〟は直径1センチほどで、
白くて太くて長い(←娘のそれは並み以上で、長さが80㎝もあった。臍帯血は難病治療に役立つというから、
少しは世の中のためになるかも)。これが乾燥すると干上がったミミズみたいになる。

孫が生まれた瞬間、自動的にというか半強制的に〝おじいちゃん〟
とか〝ジージ〟と呼ばれる身分になったわけだが、まるで実感がない。

埼玉の和光市から大田区の産院までは電車で約1時間15分。
車中、ボクは母子ともに健やかでいてくれ、と心の中でひたすら祈っていた。
ジジババの考えることは、そのことばかりで、他に何の望みもない。
ただただぶじの出産だけを祈っている。

出産したばかりの娘はいたって元気だった。
なんだか全体にふっくらしていて、俄然母親っぽくなってきている。
この娘が、つい最近までボクの膝の上にちょこなんと座っていた
あの無邪気な娘かと思うと、無常迅速の感もひとしお、といったところ。
20数年の歳月など、あっという間に過ぎ去ってしまう。

婿側のジジババにとっても初孫で、たぶん思いは同じだろう。
まだ猿みたいな顔をしているから、「カッワイイ!」というレベルには
達していないが、そのうち猫ッ可愛がりするだろうことは目に見えてる。

ボクはまだ若々しく、その気になれば渡辺謙みたいに若いネエちゃんと
〝火遊び〟をして、孫ならぬ実子を作れぬこともないのだが、
お相手をしてくれそうな奇特な🚺が、いっかな現れないのだからしかたがない。
だから、当面は〝孫〟でガマンするつもりだ。

ボクの血を引いた孫だから、長ずれば女どもを泣かせる〝色男〟に
なるに決まっているが、「……金と力はなかりけり」では困るので、
人並みか〝ほどほど〟を願うばかりだ。

婿は屈強な元アメフト選手、婿の兄もアメフト部出身で、
今は関西学院大アメフト部のコーチだ。婿の父親もアメフト選手だったから、
たぶんこの子もアメフトをやらされるだろう。

🚹はたくましいのが一番。
日陰のもやしみたいな腑抜け男では日本国を背負っては立てない。
あっちは柔道かアメフト、こっちは水泳か野球。どっちの側からも
激しく揉まれるだろうから、きっとたくましい日本男児が育つだろう。

ほんのついででかまいませんが、次回作はイヴァンカ・トランプみたいな
〝ジージ〟好みの色っぽい女の子をお願いします。



←漱石の最高傑作はこれ!


2017年3月21日火曜日

〝いいかげん〟が世界を救う

スペイン南端のマラガという町で朝を迎えた時、市内のモスクから
礼拝を呼びかけるアザーンが聞こえてきた。目の前は静かなる地中海。
ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸を隔てるジブラルタル海峡はほんの目と鼻の先だ。
マラガからは200キロほどしか離れていないモロッコが、うっすらと霞んで見える。

スペインは8世紀の初頭からイスラム教徒の王朝に支配され、その栄華はおよそ
800年続いた。当時は、イスラムのほうが文明国で、高度な科学技術を誇っていた。
たとえば医学の面で、ヨーロッパが瀉血(しゃけつ=患者の静脈から血液の一部を体外に除去すること)
が精一杯だった頃、イスラム教徒は白内障の手術まで手がけていた。また彼らは
ギリシャの古典文献をせっせとアラビア語に翻訳した。ヨーロッパ人は後にそれを
ラテン語に翻訳し、ルネサンスの礎を築いたという。つまり、淵源をたどれば、
イスラム文明のほうが遥かに上で、欧州はその後塵を拝していたのである。

そのイスラム教徒が、今はヨーロッパの人々から怖れられ、疎まれ、非文明人と
バカにされている。就職やアパート探しでも、アブドラとかムハンマドといった
アラブ系の名を告げた途端、電話口で「もう決まりました」と冷たく断られてしまう。
フランスには民族や人種での差別を禁止した「差別撤廃法」という法律があるにも
かかわらず、イスラム教徒は〝よそ者〟扱いされ、ひどいのになると〝テロリスト〟
呼ばわりされてしまう。

現在、EUの域内にイスラム教徒は約2000万人いる。ドイツに480万人、
フランスに470万人(ちなみにアイルランドの人口は460万人だから、いかにムスリムが多いか想像できよう)
総人口に占めるイスラム教徒の割合が最も高いのがフランスで7.5%である。
パリ近郊のサンドニ市などはフランス屈指の移民街として知られ、市の住民の36%が
外国生まれの移民である。それだけではない。サンドニはフランス一犯罪発生率の
高い都市でもある。

日本人は身近にその事例が少ないためか、異教徒とか移民・難民といった存在に
鈍感である。ボクには外国人の友人が多いが、イスラム教徒はいない。知り合う
機会がなかった、というだけの話で、あれば友情を育んでいたかもしれない。

日本人は宗教にも鈍感だ。八百万の神がいる多神教の国に生まれたせいなのか、
キリスト教とイスラム教、ユダヤ教とイスラム教といった一神教同士の対立が
そもそも理解できない。ユダヤ教からキリスト教が派生し、ユダヤ・キリスト教
からイスラム教が生まれた。この3つの宗教は同じ唯一神(ヤハウェ)を拝んで
いるというのに、互いに反目し血を流し合っている。

「イスラム教徒も人類はアダムとイヴから生まれたと考えているんだよ」
と言うとみな一様に驚くが、「アッラー」も「ゴッド」も「アドナイ(ユダヤ教徒の神)
もみな「ヤハウェ(エホバ)」のことだ。

2年前のパリで、イスラム過激派によって週刊新聞社「シャルリー・エブド」が
襲撃され、17名が犠牲になった。痛ましい事件ではあったが、200年ほど前までの
フランスは最大のテロ国家であった。

フランス革命は1789年から1799年にかけて、大量殺戮をおこなった。
国王ルイ16世、マリー・アントワネット王妃は言うに及ばず、貴族、
ブルジョワ階級など革命の敵とされた人々が、途切れることなく断頭台(ギロチン)
に送られた。その数およそ3万人以上。またヨーロッパでは、カトリック教徒と
新教徒との間で血で血を洗う抗争が延々と続いた。なんと300年にわたる宗教戦争で
30万人以上が異端審問の犠牲になり、火炙りの刑に処せられたのだ。

宗教とはいったい何なのか。
宗教は人々を幸せにするものなのだろうか。
もしかしたら、宗教は不幸せをもたらす元凶ではないのか。

〝山の神〟だけを畏れる不信心なボクには、
排他的で独善的な一神教というものが、どうにも理解しがたいのである。
正月は神道、葬式は仏教、クリスマスを祝い、ハロウイーンではしゃぎまわる、
世界一節操のない日本人という民族が、世界で一番天国に近い民族ではないのか
と最近つくづく思うのだ。節操のなさ、つまりいいかげんというのは〝好い加減〟
の意である。〝いいかげん〟こそ世界を平和にしてくれるのではないか。



←木の精霊といわれるコダマ。
なんともかわいい。世界に多神教
の世界のすばらしさを教えるには、
ジブリのアニメ作品が一番の近道かも。




2017年3月16日木曜日

玄米食と加齢臭

ボクは2年ほど前から100%玄米めしを食べている。
健康のため、というのもあるが、玄米めしはうまい
というのがほんとうのところだ。

一方、カミさんは〝銀シャリ派〟で、麦飯も玄米めしも「喉にひっかかる」
といって口にしない。だからわが家は、ボクとカミさんの分を別々に炊く。
めんどうといえばめんどうだが、いいかげんもう慣れた。
ボクなんか4合ほど炊いて、多くは一膳分ごとに電子レンジ対応型タッパーに詰め、
冷凍にしてしまう。食べるたびに〝チン〟すればいいのだから、実に楽チンだ。

若い時分は、めしをいっぱい食べた。一膳で済まそうとすると、
「どっか具合が悪いのかい?」と母は心配してくれた。
それと、「一ぱい飯は縁起が悪いから」と、形だけでも2杯目を
お代わりさせられた。なぜ縁起が悪いのか、あの頃はサッパリ
だったが、今なら分かる。

野辺送りの朝、身内の出棺時には「出立の飯」といって、ご飯をいただく。
これを「一ぱい飯」といって、お代わりはできなかった。
豆腐の味噌汁か何かをご飯にぶっかけ、一本箸で、
それも立ったまま急いで口にかっこむ。

だから、「一本箸で食べてはいけない」とか「一ぱい飯は縁起が悪い
汁物をぶっかけて食べるもんじゃない」「立ち食いはペケ」などなど……
これらはすべてお通夜の風習からきたものである。

強飯(おこわ)も、めでたい時は小豆を使うが、葬式の時は
黒豆を使う。会葬者に出される折詰も、かつては黒豆の
強飯が出されたものだが、今はすっかりその慣習(しきたり)
が忘れ去られている。

その慣習にことさら逆らっているわけではないが、
ボクの食事は一膳が基本で、縁起の悪いとされる「一ぱい飯」を
日々実践している。それに黒豆入りの玄米めしもよく炊く。
心身ともに実に健康的な食生活だ、と自画自賛しているのだが、
悲しいかな、それでも〝デブ〟になってしまう。
よほど前世の行いが悪かったのだろう。

玄米めしにしたからといって、急に髪がふさふさになるわけではないし、
日頃元気のない〝道楽ムスコ〟が生気を取り戻すわけでもない。
それでもやや硬めに炊いたあの粒々感が何とも言えない。
ボクは堅い人間なので、口にするものも堅いものが大好きなのである。

犬並みに鼻の利くカミさんが、ボクに近づくなりクンクンして、
「ン? なんか臭いな。加齢臭じゃないの?」
などと失礼なことを言う。いつだってジャスミンの香りを放っている
〝人間ファブリーズ〟と呼ばれるボクなのに、よりにもよって加齢臭とは。

「オレ、昼にカレー食べたからな」
事実、カミさんとは別にレトルトのボンカレーをチンして食べた。
「その〝カレー臭〟じゃないわよ。すえた箪笥の臭いみたいな加齢臭よ」
カミさんはキッパリと断罪した。

カレー臭と加齢臭との区別がつかないボクは、
(そうか、イケメンおやじには〝華麗臭〟って手もあるな)
と、負け惜しみをつぶやきつつ、よからぬことを考えている。

おーい、皆の衆! 赤ん坊のオッパイ臭いニオイは大歓迎でも、
年寄りのすえた加齢臭は御免こうむりたいか?

それならこっちにも考えがある。
明日から、加齢臭ならぬオッパイ臭いニオイを撒き散らしてやるからそう思え!
と、勇ましく大口を叩いたものの、心配事がないわけではない。
はたして年寄りも、若い人妻から〝もらい乳(もらいぢ)〟ができるものだろうか。
酔狂な有志あらば応えよ!


←玄米を食べたら、白米なんて
ちゃんちゃらおかしくて食べられませんよ。

2017年3月11日土曜日

「3.11」と外国人留学生

今日は昼ちょっと前にフランス人のAlexiaが遊びに来る。
高校生の時に日本へ留学し、わが家にホームステイした子だ。
セーラームーンを見て育っただけに、大の日本贔屓で、
日本語はペラペラ。難しい政治問題だって日本語で議論できる。

そんな嬉しい日なのだが、ボクは朝から沈んでいる。
「3.11」の日に、心ウキウキは不謹慎だろ、とつい思ってしまうためか。

前回のブログでボクは、
人生なんて所詮ちょぼちょぼ、神様はいたって公平なのよ
なんて太平楽を並べてしまった。また曽野綾子の言葉を引用して、
人間の一生の幸福感の総量は、だれも似たり寄ったり
などと書いてしまった。

見方としてはそう間違ってはいないと思うのだが、東日本大震災で
被災した人たちの悲しみや苦しみを思うと、「神様は公平」だとか
「幸福感の総量は似たり寄ったり」といった言葉が、彼らの心情に
およそそぐわないような気がして、いたたまれなくなるのである。
やっぱ「神様は不公平」じゃないのかな、と思ってしまう。

今日は朝からどの局でも震災の追悼番組ばかり。
幼い娘の命を救ってあげられなかった、と遺影の前で慟哭する父親の
震える肩を見ると、涙が止まらなくなる。時間を震災前に巻き戻せるのなら、
巻き戻してあげたい。あの女の子を父親の胸に返してあげたい。
ああ、もうだめだ。涙で目があけられない。

震災はAlexiaが1年の留学を終え、帰国してすぐに起きた。
彼女が帰国した後、ボクはオーストリアからの女子留学生を友人のH夫妻
(前回ブログに登場した同級生)に預けたのだが、その数日後に震災は起きた。
オーストリア支部は原発事故による放射線被害を心配し、
急遽、留学生を全員日本から引き上げさせた。
外国から見れば、フクシマもサイタマも区別がつかない。

もうすぐ駅に着くAlexiaは、だから震災を知らない。
ほんの数日違いで難を逃れられたからだ。
あれから6年……そうか、もう6年も経ってしまったのか……。
高校生だったAlexiaも今は立派な社会人女性に。
リヨン大学大学院を卒業後、大好きな日本で働くことになったという。



←I棟前の庭で可憐な花を撮るAlexia。