2017年11月10日金曜日

中国は「大国」ではない

韓国の前大統領はパクパク・クネクネという名前だった。外国の首脳たちに、
体をクネらせながらすり寄り、パクパクと日本の悪口を言いふらすのが得意だった。
「告げ口外交」と呼ばれた。そのクネクネは歴代首相が皆そうであったように、
いまは鉄格子の中に入っている。親の因果が子に報いたのかどうかは知らないが、
人間、真実から目をそらしウソばかり言いふらしているとこんな憂き目にあう。

次のムンムンとかという大統領は、米国のトランプ大統領夫妻を招いた晩餐会で、
竹島で密漁したエビを「独島エビ」などと称して、食卓にのぼらせた。日本の領土
である島根県の竹島は1952年1月18日、ボクの生まれるちょうど1カ月前に韓国に
強奪された。時の首相李承晩が、日本海に勝手に領海ラインを引き、
この線からこっち側は韓国領だかんな!
と、図々しくも宣言したのである。悪名高き〝李承晩ライン〟がそれである。

「平和、平和」とお題目のように唱えていれば恒久平和が実現できるという、
ありがたい平和憲法が施行されて、わずか7年後の出来事だった。「平和憲法」
が持っているはずの念力だか通力だかの魔除け効果はまったく発揮されなかった。
狡猾にも韓国は日本の自衛隊がまだ創設されていない時期にこの侵略を敢行した。
GHQも見て見ぬふりである。悲しくも自衛隊は1954年7月1日に産声を上げた。
その昔、社会党のおバカさんたちは〝非武装中立〟などと夢みたいな公約を掲げ
ていたものだが、竹島が示すように軍事力を持たない丸腰国家は、こんな辱めを
受けてしまう。一国の平和と安全には強力な軍事力が欠かせないのだ。

さてムンムンの晩餐会には元慰安婦も出席した。外国の首脳をもてなす公式晩餐会
に悪びれずに売春婦を招く国がいったいどこにあろう。もっとも韓国は輸出で
食っている国で、女子ゴルファーだけでなく売春婦も大量に輸出している。
おそらく世界一の売春婦輸出国ではないだろうか。

たとえばアメリカには今、3万人くらいの韓国人売春婦がいるといわれている。
2006年、アメリカの保健福祉省が同国内の外国人売春婦の国籍を調べたところ、
1位は韓国で23.5%、2位はタイで11.7%、3位はペルーで10%という結果だった。
実に4人に1人が韓国人だった。韓国の売春婦は貧しかった時代だけでなく、
豊かな時代にあっても大活躍なのである。であるならば、最大の輸出品目の
ひとつである売春婦を公式晩餐会に招いたとしても少しも不思議ではない。

韓国では日本軍の強制があって慰安婦にさせられたのだ、という➡「ウソの物語
が国策として流布させられているが、このウソによって元慰安婦たちがどれだけ
救われたか。それ以前は「野蛮な日本人に身体を売って儲けてきた不潔な女たち」
と見下されていたのに、一転して、「そうではなかった。日本軍に強制され、
仕方なく慰安婦になったんだ」となれば、堂々と胸を張って生きてゆける。
元慰安婦たちが官製のウソ話に口裏を合わせるようになったのはそれからだ。

一方、トランプ大統領の3番目の訪問国・中国でも公式夕食会で、なにやら
怪しげな料理が出された。南シナ海に生息するハタ科の高級魚スジアラで、
この魚を煮込んだ料理がさりげなく供された。
南シナ海は中国のものだかんな!」
と、料理に託して抜け目なく自国領土だと主張したのである。

韓国では「独島エビ」、中国では南シナ海の「高級魚スジアラ」。
和やかな晩餐会のメニューとはいえ、どの料理にもちょっぴり政治的な
味つけがほどこしてある。肉マンみたいな顔した中国の習近平主席の狙いは、
中国こそアジアの盟主で、世界第2の大国である、とアメリカにアピール
することだ。中華大帝国の夢よもう一度、というわけか。
でも中国って、肉マンおじさんが自慢するほどの大国なのかしら?

作家の曽野綾子女史がうまいことを言っている。
中国は「大国」ではない。でも人口は13億人で国土面積も大きいから
「小国」でもない。だから「中国」なの

←高級魚といわれるスジアラ。
多少スジっぽいがアラ煮にすると
うまいらしい。




写真提供:八重山毎日新聞社

2017年10月31日火曜日

19番ホールはどこかしら

郵便局でゴルフ好きの女友だちに会った。彼女が、
「嶋中さんはスポーツは何でもやりそうだけど、ゴルフは?」
と訊くものだから、
「どうせタマを穴っこに入れるんなら、他の穴のほうがいい」
とやったら大笑いしていた。つまりは〝19番ホール〟ってことかしら。
お主もスケベよのォ。もっとも、
       
      爺さんと婆さん寝たら寝たっきり

てな調子で、人畜無害もいいとこだから、実際は色気もヘチマもない。

俗に、二十歳凛然(りんぜん)、三十勃然(ぼつぜん)、四十悄然(しょうぜん)
五十茫然(ぼうぜん)、そして六十全然(ぜんぜん)などという(言わねェか?)
しきりに愚息を励ましている図が目に浮かぶようだが、なに自分のことである。
ところで猫の交尾期は年に4回あると聞く。猫が羨ましい。

      朝顔や思いをとげしごとしぼむ

この潔さがいいですな。朝顔にも嫉妬してしまいそうだ。

さて久米の仙人が洗濯女の白い脛(はぎ)を見て、通力を失い天から墜ちた、
という話は有名だが、『今昔物語』の昔も今も、脛の魅力に変わりはない。
老生など、阿波踊りの踊り子たちのじゅばんがチラとめくれただけで
ドキドキしてしまう。リオのカーニバルの踊り子たちは淫らな露出症を
患っているだけだが、阿波の女踊りには気品と色気が満ち満ちている。
この小さな島国に暮らす住人のほうが「性」の何たるかをわきまえていて、
人間としてはずっと上等な部類に入るのである。

『徒然草』の第八段にもこうある。
世の人の心まどはすこと、色欲にはしかず。人の心はおろかなるものかな》

兼好法師に言われるまでもなく、われら人間は愚かなる生き物だ。
だからこんな川柳が生れ出る。

      おごるへのこ久しからず腎虚(じんきょ)なり

話変わって、日本は男尊女卑の国だ、などと欧米人は小バカにするが、
「お染久松」「お夏清十郎」というように、恋仲の男女を呼ぶときには、
昔から女性のほうを先にした。いつだって女性上位だったのである。
ただ、問題はその組み合わせだ。「おまん」という女性と「鯉二郎」
という男性が恋仲になってしまうと、ウーン……ちと困る。
鯉二郎が房事にかまけ〝腎虚〟にならなければいいのだが。

By the way ,秋が深まってくると、気の置けぬ友と盃を交わしたくなる。
今夜は〝誰〟と一杯やろうか、と思う時、必ず友の頭に浮かんでくるような
人間になりたいものだが、その「適不適」の必要条件の中に、
優れているけど完璧でない人
というのを挙げたい。

自分の生き方、人生観をしっかり持っていて、どこか人間的な深みを
感じさせてくれる人。一見、完璧そうに見えるが、どっこい抜けている(笑)
そこがご愛敬で、人間的魅力のひとつになっている。ボクはそんな人と飲みたい。
人生の機微にふれるような話をするでもなく、ただ漫然と酒を食らうだけの
人間が一番面白くない。適度に聴いて、適度にしゃべり、時に上品な下ネタで
場を和ます。こんな仲間がいたら、千金の一刻を共に過ごしたくなるだろう。
これは自分自身への戒めでもある。

ボクは高齢ではあるが老齢ではない。
その気になれば、〝週4密会〟の山尾志桜里議員のお相手だってできるだろう。
とは言いながら、こんな都々逸が身に滲みる。

    ♪へたな夜這いと剣術使いはいつもシナイで叩かれる


←♪ヤットサーヤットサー

2017年10月27日金曜日

時にはケダモノのように

「このハゲ――――ッ!」の絶叫で、すっかりお茶の間の人気者になった
「埼玉4区」の豊田真由子様は、和光市の朝の駅頭でもひら蜘蛛のように
這いつくばり、ひたすら「ごめんなさい」を連呼していた。が、通勤客は
冷たく無視。案の定、ふたを開けたら落選というザンネンな結果となった。
猿は木から落ちても猿のままだが、議員は落選するとただの人になってしまう。

しかし禍転じて福と為すというように、「ハゲは学歴より強し」といった
格言がこの事件を機に、後世にまで残るかもしれない。ハゲに悩む男たちに
とっては福音だろう。ハゲの功名……じゃない、〝ケガ〟の功名というわけ
ですよ、真由子様。よかったね、ほんとうによかった。

さて豊田元議員が、元秘書に暴行を加えたかどで、埼玉県警は27日、
傷害と暴行容疑でさいたま地検に書類送検した。真由子様は、
手は上げたが、頭を殴ったのではなく肩をたたいただけ
などと弁明、非力な女の細腕で頭など殴れるわけがない、
と必死に打ち消していた。

ここまでの経緯はボクと同じ。
ボクの場合は、深夜の団地内で酒を飲み大騒ぎしている若者(男女)
そっとたしなめに行ったところ、「スミマセン、スミマセン」と元秘書
のように平謝りすると思いきや、酔余の勢いで逆ギレした男のほうが、
「何か文句あるのかよ、この糞おやじ!」と体当たりするみたいに
歯向かってきたため、若者の頬とお腹をそっと撫でて押し返してやった。
ところが、奴さん大仰にもドスンと後ろに転倒。連れのへべれけ女も
「てめえ、何すんだよ!」
と、これまたヤクザ顔負けの汚い言葉で絶叫、
騒ぎが大きくなり、とうとう警察沙汰になってしまった。

正直に言うと、これは絵に描いたような正当防衛で、警察もそれを認めてくれた。
ボクはそっと撫でたつもりだったが、実際は右の強烈なフックが相手の左顎に
さく裂、同時に左のボディブローがみごとみぞおちに決まっていた。
反射神経である。この2発のパンチで相手は後方にダウン、
(このおやじはいったい…………?)
目には明らかに怯(おび)えが走っていた。
酔眼でよ~く見れば、筋骨隆々のおやじである。しまった、と思っただろう。
おそらくこの若造、殴り合いの経験が一度もなかったにちがいない。

こっちは若い頃から、泥酔しては飲み屋でケンカを売ってたという狂犬おやじ。
殴り合いには慣れているから、畢竟(ひっきょう)、パンチも正確に当たる。

警察署ではこってりしぼられてしまったが、こっちの言い分が正しいと、
署員も理解を示してくれた。で、形式的にさいたま地検に書類送検され、
これまた検事殿に根掘り葉掘り訊かれたものだが、結局、不起訴処分という
裁定になった。正義が勝ったのである。

こんなことなら、もう2~3発強烈なやつをお見舞いしとけばよかった、
と後で後悔したものだが、カミさんにはきつくお灸をすえられてしまった。

昔は学校でも原っぱでも、子供たちはよく取っ組み合いのケンカをしていた。
しかし、今どきの子供たちは野蛮な行為を避けるのか、口ゲンかはするものの、
手をあげることがめっきり少なくなった。お行儀がいい、と言えばそれまでだが、
ボクにはいささか物足りない。男はいっぺんくらいケダモノになって、
死力を尽くして闘ったほうがいいのだ。

「暴力は絶対ダメ」「話し合えばわかりあえる」「命は地球より重い」
などというフニャチン教育を受けていると、キンタマが退化し縮みあがって
しまうのか、イザという時にまったく役に立たなくなってしまう。車だって
時々エンジンをふかし、レッドゾーンへもっていったほうがいいという。
安全第一と、いつも低速で走ってばかりいては、エンジンだって鈍(なま)って
しまうのだ。

殴り合いは何より健康にいい。アドレナリンが全身を駆けめぐり、
(ああ、男に生まれてほんとうによかった)
と、言葉に尽くせぬ高揚感に包まれる。

豊田真由子様の暴行事件がとんだ脇道へそれてしまったが、
同じ「埼玉4区」内で、同じような傷害事件を起こした身の上同士、
どこか他人事とは思えない。いまなら〝お友だち〟になれそうである。

ああ、それにしても殴り合うと気分がサッパリして気持ちがいい(勝てば、だけど)
次のアドレナリン放出日を心待ちにして、今は静かに腕を撫(ぶ)していよう。





2017年10月25日水曜日

「排除の論理」の何が悪いのさ?

「希望の党」が一夜にして「失望の党」に、あるいは「絶望の党」に
変わり果ててしまった。大躍進を期待されたのに、結果は大惨敗。
小池百合子党首は今、進退まで問われる事態に追い込まれている。

メディアはどこもかしこも〝小池悪玉論〟で沸き立っている。
メディアにしてみれば、小池党首が善玉だろうと悪玉だろうと関係ない。
事態がスキャンダラスであればあるほど視聴率アップにつながるため、
嬉しくてしょうがないのだ。つい数日前までは、小池を「安倍一強」政権に
楯突く聖女ジャンヌダルクなどと讃え、時ならぬ小池旋風が日本国中に吹き
荒れていたものだが、投票日が近づくにつれ、その熱は急速に冷めていった。

その原因を報道番組のコメンテーターなどは〝排除の論理〟がきらわれたのでは、
などともっともらしく分析しているが、ほんとうだろうか。
あの「排除いたします」という発言は都知事の定例会見の中で飛び出したものだ。
記者の質問に対して小池代表は、

前原代表がどういう発言をしたのか、承知をいたしていませんが、
『排除されない』ということはございませんで、排除いたします。
取捨(選択)というか、絞らせていただきます。それは、安全保障、
そして憲法観といった根幹の部分で一致していることが政党としての、
政党を構成する構成員としての必要最低限のことではないかと思って
おりますので、それまでの考えであったり、そういったことも踏まえながら
判断をしたいと思います
と答えている。

至極まっとうな答えではないか。ただ笑みを浮かべながら《排除いたします》
とやってしまったのが、判官びいきの有権者にきらわれたのかもしれない。

「民進党」から「希望の党」へすり寄っていき、みごと落選してしまった
議員たちは、そのお膳立てをした前原誠司党首に対して「想定外もいいところ」
とか「どれだけの人間が泣いたのか」などと不満をぶつけるだけでなく、
小池党首に対しても「こんどは小池が排除される番だ」などと癇癪玉を
破裂させている。往生際が悪いというか、みっともないことおびただしい。

いったい揉み手をしながらすり寄っていったのはどこのどなた様ですか、
と問いたい。小池が言うように、憲法や安全保障に対する考え方がバラバラ
では、およそ政党の体をなさないではないか。民進党は護憲派で、自衛隊の
存在も憲法違反だ、などと訴えていた。一方の希望の党は少なくとも保守派で、
憲法改正にも賛成している。両党はまるで考え方がちがうのである。

街の声をひろうと、選挙は「人柄で選ぶ」などという人がけっこう多いが、
この手の人たちが日本の民主主義を一番ダメにしている。多数決を旨とする
議会制民主主義にあっては、議員はただの「頭数」に過ぎないのだから、
小選挙区であれ比例区であれ、基本的には「政党」で選ぶべきものなのである。
その理屈がわかっていないから、「美人だから」とか「人柄がいいから」で
投票してしまう。人柄の良し悪しなど見た目だけでわかるのかいな。
「このハゲ―ッ!」のT女史だって、口は悪いけど人柄はよいかもしれないし、
このボクだって、人を10人くらい殺していそうな悪党づらをしているが、
人柄はすこぶるよい(と思う)

話を元に戻そう。定見がなく腰のグラついている旧民進党議員の話である。
奴さんたちは憲法改正反対、自衛隊など認めない、安保法制にも反対と口を
極めて反対していた。いちはやく希望の党にすり寄り、恥ずかしくも
小池百合子様の股の下をくぐった民進党幹部の細野豪志などは、
つい数日前まで、「安保法制反対! これは戦争法案だ! 断固阻止すべし!」
などと、SEALDs(共産党傘下)のガキどもと一緒に国会前で叫んでいた。
イケメンかもしれないが、この男、変節漢の最たるものだ。

それなのに、ああそれなのに……少しでも勝機がありそうと見るや、
今まで掲げていた思想信条の一切をかなぐり捨て、小池党首の人気に
あやかろうとする。こうした変節漢どもは、股の下をくぐれと言われれば
平気でくぐるだろうし、あそこを舐めろと言われれば、嬉々として舐めるだろう。
その意気地のなさ、無定見、いじましさ、無節操。

そして落選するや「話がちがう」「小池と前原にだまされた」
などと不平タラタラ。ああ、情けなや。
不平を並べる前に、まず自身の不明を恥じろ、とボクは言いたい。
こんな低レベルの総選挙なら、AKB48の〝総選挙〟のほうがよっぽどマシだ。
もう一度言う。あっちウロウロ、こっちウロウロの能なしタマなし議員ども、
恥を知りなさい、恥を!

この狂騒劇を見ていたら、懐かしき童謡を思い出した。

♪勝ってうれしい はないちもんめ、
 負けて悔しい はないちもんめ、
 あの子がほしい、
 あの子じゃわからん、
 相談しましょ、そうしましょ。
                『はないちもんめ』

こっち側にほしい議員とほしくない議員。その選別をみんなで相談することの
いったいどこがいけないというのだ。ボクの敬愛する文芸評論家の福田恆存は
こう言っていた。
政治などという〝賤業〟は政治家という〝賤民〟に任せておけ
この一連のドタバタ騒動を見るにつけ、「政治家=賤民」説にもろ手を挙げて
賛成したくなった。福田の慧眼たるや、おそるべし。


2017年10月16日月曜日

艶聞と醜聞との間に

民進党の幹事長候補だった山尾志桜里議員は、年下イケメン弁護士との
週4密会〟が『週刊文春』に報じられ、党を追われるハメになった。
〝週1〟くらいに留めておけばよかったのに、派手に〝肉食〟すると
こうなる。山尾は『保育園落ちた日本死ね』で、待機児童問題に熱心な
フリをした議員として有名だが、自らの不貞が因で『衆院選落ちた〝文春〟死ね』
ともなれば笑うに笑えない。

仄聞(そくぶん)するところによると、ドイツやイギリスの某医師や某調査機関は、
前頭葉の発達したIQの高い女性ほど性行為が好き
との報告をしている。そういえば山尾センセーは天下の東大法科卒で司法試験にも
受かり検察官をやっていた。文字どおり知能指数の高い女性であった。でも不倫が
バレて失脚してしまうと、実は高かったのは〝知能指数〟ではなく〝痴脳指数〟
とか〝恥脳指数〟だったのでは、とイヤミのひとつも言ってみたくなる。

近頃は政治家や芸能人の〝不倫〟が大流行である。
こっちも甲斐性さえあれば〝流行りもの〟には便乗したいクチなのだが、
容姿や体力には自信があるものの、いかんせん先立つものがない。
そんなカラッケツから見ると、ホテルでの〝週4〟におよぶ不義密通は
羨ましくてしかたがない。

アメリカではケネディまでは醜聞ではなく艶聞だった》と書いたのは、
ボクの師である山本夏彦である。マリリン・モンローがケネディの愛人だった
ことは公然の秘密だったが、それを咎める無粋なものはいなかった。
まだ『英雄色を好む』という格言が生きていた時代なのである。
また欧米にはこんな気の利いた格言もある。
He who loves not wine, women and song remains a fool his whole life long.
(酒も女も歌も好まない男は、一生バカげた人生を送るハメになる)
このセリフ、宗教家マルティン・ルターの名言というから面白い。

今太閤とかブルドーザーと呼ばれた日本の元首相は、執務中に勃然(ぼつぜん)
きざすと、赤坂の待合に電話して、 お茶を挽いている芸者を枕席(ちんせき)
はべらせたという。せっかちなこの男、30分足らずで〝用を足す〟と、
女将にも仲居にもたっぷりと心づけをはずんだという。

一方で、宇野宗佑元首相は、神楽坂の芸妓に指3本(月30万のお手当)で
「おれの囲い者にならないか?」と持ちかけた、と『サンデー毎日』に
すっぱ抜かれ、辞任に追い込まれた経緯がある。その時の週刊誌編集長が
あの都知事選に出馬した鳥越俊太郎だ。ところがこの俊太郎君、
およそ15年前に自分の別荘で女子大生に淫らな行為におよんだ、
とこんどは『文春』にすっぱ抜かれてしまった。因果はめぐる小車(おぐるま)か。

他人を厳しく批判しておきながら、自分も秘かに同じ房事(ぼうじ)に励んでいる。
ジャーナリストたちは政治家や芸能人に向かって「不倫はしていませんよね?」
などと君子然とした顔で問うているが、なにこの問いかけは自分を棚に上げた
うえで発しているに決まってる。どちらも同じ穴のムジナなのである。

ボクは何度も言っているが、政治家の〝臍(へそ)下三寸〟は問わないことにしている。
まっとうな政治さえ行ってくれれば、愛人を何人囲おうと知ったことではないし、
艶福家(えんぷくか)のほうがむしろ人間味があっていい、とさえ思っている。
身辺清潔なだけの朴念仁(ぼくねんじん)じゃあ、善政どころか人がついてこないだろう。

山尾を筆頭に〝育休不倫〟の宮崎謙介、今井絵理子、そして芸能界では
斉藤由貴と……まさに〝次から次へ〟の勢いだが、こんなことは今に始まった
ことではない。人類創生以来やっている。メディアや大衆は、彼らを指さし
まるで犬畜生のように難じるが、その前に自分の胸にしかと訊いてみるがいい。
「はたして自分は身辺清潔な聖人君子だろうか?」と。

彼ら〝不倫ごっこ〟のお好きなセンセー方は、どう転んだって我われの中から
選ばれたものだし、我われ以上でないまでも断じて以下ではない。彼らはカネ
と名声を得る代わりにプライバシーを売り渡した人たちで、大衆のカタルシス
のはけ口として〝見世物〟の対象になるのは致し方ないことなのだ。

ああ、艶聞(えんぶん)をふりまきながらも大衆に愛された
「アラカン」や「カツシン(勝新太郎)」の時代がひどく懐かしいよ。



←「嵐寛寿郎の他に神はなかった」と
大衆に愛されたアラカン。次々と女に惚れ、
一銭の財産も残さず世を去った我らがヒーローである

2017年10月11日水曜日

左党の左党ぎらい

右腕が利かなくなってから3週間ほど経つ。
腕が上がらないから箸がうまく使えない。口まで運べないので
つい犬🐶食いになってしまう。トイレ🚽では満足に尻が拭けない。
「左手で拭くしかないでしょ」
カミさんは非情にもそう言って突き放す。
ウンコらしょっと……やってみたらうまくいった。

昨日、近所の整形外科医院を再診し、総合病院🏥への紹介状を書いてもらった。
MRIで精密検査をしないと原因が分からないと思ったからだ。
この〝迷医〟は最初、難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を疑っていた。
「強く手を握ってみて!」
そう言ってボクの手を握ったとき、少し顔をゆがめた。
予想が当たったからではない、ボクの握力があまりに強かったからだ。
「ALSの疑いはないですね」
苦く笑いながら迷医はそうのたまわった。どうやら篠沢教授の二の舞は
避けられたようだ。
どうだ、参ったか。見かけは老人でも、ダテに体を鍛えてきたわけじゃないのだ。

ああ、それにしても、どうしてこんなふうになってしまったのだろう。
〝五体不満足〟がどういうものか、身に沁みてよーくわかった。
料理作れない、食器洗えない、歯を磨けない、顔を洗えない、ギター🎸弾けない、
頭を洗えない、服が着られない・脱げない、洗濯物が干せない・たためない、
キーボードが叩けない、尻が拭けない、車のハンドルが握れない、
それより何より40年来続けているプールでの水泳🏊ができない…………etc。
障害を持った人たちの苦労が少しばかり分かったような気がする。

一昨日、ホームステイ先を変わったルカは、去り際に、
「お父さんはお酒🍺ばかり飲んでいるからこうなっちゃうんだ」
と、彼なりの診断を下してくれたものだが、あたらずといえども遠からずか。

さてもうすぐ衆院選が始まる。
サヨクのアホどもは離合集散を繰り返し、あっちウロウロ、こっちウロウロ。
恥も外聞もなく、もみ手をしながら「希望の党」とやらにすり寄っていった。
「議員である前に、人間として恥ずかしくないのか?」
ボクはこんな議員どもにムダ飯を食わせていた日本というおめでたい国を
ほんとうに情けなく思う。

日本人は底抜けに忘れっぽい。
民主党が政権を握っていたあの3年数ヵ月を思い出してくれ。
日本は経済にしろ外交にしろ防衛にしろ、ムチャクチャだったではないか。

経済オンチだから後先考えないバラマキ政策、株価は大幅に下落し(8000円台)
円高は一向に是正されなかった。おかげで輸出産業は悲鳴を上げていた。
外交もアメリカからloopy(頭がおかしい)と呼ばれていた鳩山由紀夫が、
移転の決まっていた辺野古問題を泥沼化させ、日米関係に大きな亀裂を
生じさせた。福島原発事故に際しても、ヒステリックに逆上した菅首相が、
一刻を争う事態だったにもかかわらず、自ら現場に乗り込み、さんざっぱら
引っ掻き回したあげく、取り返しのつかない事態にしてしまった。

これら民主党政権時代の〝悪行の数々〟をみんな忘れてしまったのか?
北朝鮮という独裁国家が、日本の上空にミサイルを飛ばしているというのに、
国会は蕎麦屋じゃあるまいに〝もり・かけ論争〟にうつつを抜かしていた。
日本人の平和ボケもここに極まれり、という感じだった。

国賊ともいえるloopy鳩山は、沖縄の普天間基地移設問題で、
すったもんだの末にこんな発言をして国民を口あんぐりさせた。
海兵隊の沖縄駐留について、学べば学ぶほど抑止力を
維持していることが分かった
この男は、こんな基本的なことも分からず、日本国の首相をやっていたのか?
そしてまたまた呆れたことに、あの野田政権における外交の最高顧問は、
なんとloopy鳩山だったのだ。民主党というのは救いようのない政党だった。
もちろん看板を変えただけの民進党や立憲民主党は同じ穴のムジナである。
どう看板をすげ替えたってバカに変わりはないのだ。

ボクは左党(酒好き)だが、左党(サヨク政党)だけは御免こうむる。
策士そのものの小池女史も、そのうち策に溺れることだろう。
ただ、「自民」と「希望」がそこそこ勝てば、どちらもコンサバだから、
自民党の党是である憲法改正への道のりが開けるかもしれない。

GHQからムリヤリ押しつけられた現行憲法。
思えば、60年安保の直前、米国のニクソン副大統領が来日し、
日本の戦後憲法はまちがっていたのだから、あれは破棄してください
と発言していたっけ。押しつけた側の準トップが言っているんだから、
これほど確かなことはない。

みなさん、日本の将来がかかっている大事な選挙です。
中国や北朝鮮の息がかかった朝日・毎日といった反日メディアの主張に
くれぐれもだまされないように。


 


←策ではなく酒におぼれる
凝りない面々

2017年9月28日木曜日

さよならだけが人生だ

昨夜遅く、突然受話器が鳴った。
電話口の向こうからは懐かしい女性の声が聞こえてきた。
ボクの古い友人Oさん、といっても一世代ほど齢の違う友人の
娘さんからの電話である。かつて同じ団地内に住んでいたが、
高齢のため大宮にある介護付き有料老人ホームへご夫婦で
引っ越したのである。もう10年も前の話だ。

電話は予期したとおりOさんの訃報だった。昨日未明に亡くなったという。
96歳だった。北海道は網走の出身で、東京外語大ロシア語学科を卒業、
奥方のT子さんは世が世なら六千石の旗本のお姫様である。
また祖父・戸川安宅(残花)の長女・達子(樋口一葉に縁談の世話をしたこともある)
は勝海舟の孫と結婚している。

Oさん夫妻は悲しみを背負って生きてきた。
次女が結婚を目前にしてクモ膜下出血で亡くなってしまったのである。
ご夫妻の嘆き様は尋常ではなかった。亡くなられたM子さんは色白で
気品のある超のつく美人で、階下に住んでいたボクはその人となりを
よく知っていた。愛する我が子に先立たれる――世にこれほど残酷で
悲しいことがあるだろうか。
もしも自分の娘が死んでしまったら……考えただけでも気が変になる。

Oさんはロシア語が堪能だった。大変な読書家で、
ボクたちは齢の差を超えて、よくおしゃべりをした。
ドストエフスキーやトルストイの作品について、あるいは戦争中のことに
ついて、生まれ故郷の網走や斜里町のすばらしさについて……

唐の于武陵(うぶりょう)の五言絶句『勧酒』は井伏鱒二の手にかかると、
花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ》となる。
どんなに美しく咲いた花だって、突然の嵐によってそのすべてを奪われて
しまうことがある。その非情なはかなさが人生というものの実相であり、
人はこの冷厳な事実から目をそらさず、ひたすら前を向いて歩んで
いかなくてはならない。『勧酒』とはそんな詩である。

慈しみ育てた愛娘という花を無残にも奪い去られてしまったOさん。
その悲しみに堪えて、精いっぱい生きてきた。亡くなった娘さんの分まで
十分に生き切った。雄々しく立派な美しい生涯だった、とボクは心からそう思う。

明日はOさんの告別式。
ニヒルになりがちな気持ちを抑え、しっかり見送ってくるつもりだ。
合掌。



今年ボクは65歳になった。前期高齢者と呼ぶらしい。
つまり〝終活〟へのカウントダウンが始まった、ということだろう。
人生の節目を迎え、ボクはささやかな身辺整理を始めることにした。
その一つが年賀状やお中元、お歳暮のやりとりを一切やめる、
ということだ。こちらから送らないし、送られてきてもお返しはしない。
おつき合いそのものは今までと少しも変わらないが、ちょっとばかり
心と身体を身軽にしたい、と思ってのことである。他意はない。
幸いメールという文明の利器がある。手紙やはがきにはそれなりの趣があるが、
ここは思い切って〝断捨離〟すべきと考えたのである。異論反論はあろうかと
思うが、ガンコな年寄りの身勝手とご寛恕いただきたい。




←親戚や友人・知人にはこんな文面の
お知らせを送らせてもらいました