2017年9月19日火曜日

『アンパンパーソン』なんて見たくない

ボクの次女がアメリカ留学から戻ってほどなく、
何かの拍子に、
「あっちでは〝メリークリスマス〟って言わないんだよね」
と言い出した。じゃあ何て言うの、と訊いたら、
〝ハッピーホリデーズ〟って言うの。クリスマスはキリスト教の
宗教行事だから、他の宗教の人に遠慮したんじゃないかしら」

わが家の居候のLucas(ルカ)がNHKのEテレ『Rの法則』の収録時に、
「日本語は男っぽい、って君は言うけど、フランス語はどんな感じかな?」
と訊かれ、思わず「オカマっぽい(笑)」と答えたら、
「オカマという言葉はNGだから、別の言葉に替えてくれない?」
とスタッフに言われ、月並みな「女っぽい」に替えた経緯がある。

〝ハッピーホリデーズ〟にしろ〝女っぽい〟にしろ、要は差別や偏見を助長する
ような言葉は使わず、寛容な社会をめざしましょうね、ということだろう。
そうすれば同性愛者や移民、マイノリティーの人たちとも仲良くやっていける。
アメリカではこれを「political correctness政治的妥当性」というのだが、
平たく言っちまえば〝言葉狩り〟のことである。

ボクは物書きのはしくれだから、言葉には敏感だ。
原稿を書いていると言葉の使いかたについて必ず編集者とやり合うことになる。
「〝狂〟という字はなるべく使わないように願います」
「物狂い」とか「狂おしい」、「コーヒーに狂っている」などという
言葉は仮名に開いたり、別の言葉に置き換えさせられたりする。
「このドめくら奴!」などという『座頭市シリーズ』によく出てきたセリフは
もちろんダメ。「盲撃ち」もたぶんNGだろう。

policeman➡police officer
salesman➡sales person
保母・保父➡保育士
スチュワーデス➡フライトアテンダント
となれば、そのうち「家内」や「主人」が使えなくなり、
「妻」や「つれあい」「パートナー」と言いなさい、となるかもしれない。
で、ついには「アンパンマン」が「アンパンパーソン」になるのだ。
ああ、何という寛容な社会か!

日本のマスコミやメディアはそのほとんどがリベラル派を任じているから、
こうした〝寛容な社会〟の実現にはもろ手を挙げて賛成するだろうが、
〝反リベラル〟を任ずるボクは、「マンホール」のことを「パーソンホール」
だなんて呼びたくないし、「baldハゲ」を「comb free櫛要らず」などと
言い換えたくない。「このハゲ――――ッ!」が「この櫛要らず――ッ!」
ではせっかくの豊田真由子議員の暴言も迫力に欠けるというものだろう。

リベラル派が好きなのは〝きれいごと〟とか〝おためごかし〟というもの。
どう見たって「売春」そのものなのに「援助交際」と言い繕う女子高生の
奸智と同じレベルである。ボクは生来、カッコつけがきらいなので、
こうした〝寛容な社会〟を「偽善」と呼ばせてもらう。

安倍首相が近く衆議院を解散するという。
例によって野党はこぞって「大義名分がない!」だとか「森友・加計問題
からの敵前逃亡だ!」などと批判している。北朝鮮のデブが日本上空に
ミサイルをぶっ放しているという非常事態なのに、野党ときたら、
そば屋じゃあるまいに、相変わらず〝もりかけ論争〟に血道をあげている。
国会で議論すべき優先順位がまるで分っていない。

こんなアホバカ連中がてんこ盛りの野党なのに、
リベラル派を自称する有権者たちは「反・安倍」を旗頭に、
これからも野党に投票しつづけるだろう。自民党政権のおかげで
株価が2万円台を回復し、空前の平和と豊かさを享受しているのに、
自民党政権はいやだという。ああ、GHQと日教組はよくもまあ、
アホバカだらけの腰の抜けた日本人を作ってくれましたよ。
そのお手並みに、惜しみない拍手を!




←ぼくらの『アンパンパーソン』





2017年9月7日木曜日

世に〝いじめ〟の種は尽きまじ

「9月1日問題」というのをご存じか。
別名「2学期前自殺」問題ともいう。
この日前後は「クラスメイトと会いたくない」「夏休みの宿題をやってない」
「学校へ行きたくない」などの理由で、命を絶ってしまう児童が多いという。
特に中学生の自殺は2学期開始前となる8月に突出して多くなり、その数は
ふつうの月の2倍となる。

そんな世の風潮を憂いてか、上野動物園は公式ツイッターで、
《アメリカバクは敵から逃げるときは、一目散に水の中へ飛び込みます。
逃げるときに誰かの許可は要りません。わき目もふらず逃げてください。
もし逃げ場所がなければ、動物園にいらっしゃい》
と呼びかけた。なかなか気の利いたことをいうもんだ、と感心したが、
たしかに〝いよいよ危ない〟となったら、命あっての物種、
スタコラサッサと逃げたほうがいい。

ボクはいつも思うのだ。
《浜の真砂(まさご)は尽きるとも、世に〝いじめ〟の種は尽きまじ》と。
いじめによる自殺が起きると、当該生徒の学校長は、
「全校生徒を前に、命の大切さについて教え諭しました」
などと紋切り型の発言をするが、そんなもの、誰も聴いちゃァいない。
大人社会のきれいごとなど、子供たちにはとっくに見透かされているのだ。
だいいち、判で押したようなこんなセリフ、誰の心にも響きはしない。

ボクも学校へ行くのが苦痛だった時期がある。
いじめに似た行為も受けていたし、友だちがひとりもいなかった。
学校で孤立している、なんて薄らみっともないことを親に言えるわけもなく、
ひとり読書の世界に沈潜していった。例によって太宰治の『人間失格』
なんぞを読み、おれと同じような〝ダメな奴〟がいる、と認めることで、
ささやかなカタルシスを得ていたのである。死ぬことまでは考えなかったが、
ボクはひどく孤独だった。

生物界では、強いものが生き残り弱いものが淘汰されていく。
すべての〝種〟の使命は次世代にその〝種〟のDNAを残すことだからだ。
弱い個体が増えると、その種全体の存続が危うくなる。自然淘汰は
その結果である。人間もその生物界の一部だから、自殺は自然淘汰の一種
と思えなくもない。

いじめは学校だけではない。社会に出てからもずっと続く。
いやな上司や同僚、あるいは取引先などから執拗ないじめを受ける。
学校から逃げればいじめが終息するわけではないのだ。

平和の象徴であるハトは、いじめの達人だ。
自然界にはあまり見られないが、逃げ場のない鳥かごの中では
いじめが頻発する。強いハトが弱いハトの首をめがけて執拗にくちばしで
つつくのだ。この攻撃は血まみれの半殺し状態になるまで続く。
ゲージの外なら飛んで逃げられるが、かごの鳥では逃げようがない。

人間の場合、いじめられるタイプは決まっている。
気の弱そうなおとなしい子で、万に一つも反撃してこないだろう、
というタイプである。ボクは60有余年、べんべんと生きながらえてきたが、
ボクなりにある種の〝真理〟を獲得した。いじめに遭わない方法論である。

①猛烈に本を読め!
 本を読み知識が深まれば、人間というものの凡(おおよ)そが知れてくる。
 人間は賢いが同時に愚かである、ということが分かってくる。人間という
 ものの正体がわかれば、どんな人間が目の前に現れても動じなくなる。
 この手の平常心の人間はいじめの対象にはなりにくい。

②ケンカ術を身につけろ!
 何度も言うが、ケンカは〝気合い〟である。それと先手必勝。
 最初に相手の顔面にパンチをお見舞いしたほうが勝ちである。
 これは経験から導き出した確かな事実で、そのおかげで何度も
 警察のご厄介になり、ありがたくもDNAまで採取されている(笑)。
 ※朝霞警察署の遠藤さ~ん、ヤッホー!
  埼玉検察庁の飯島さ~ん、元気ですか~?

③身体を鍛えろ!
 ヘナヘナした肉体ではだめ。丸太ん棒みたいな二の腕と厚い胸の男に
 ケンカを売る酔狂な奴はあまりいない。福沢諭吉も言っているではないか。
 まずは〝獣身を成せ〟と。それと1発やられたら10倍にして返すこと。
 「やられたらやり返す」を肝に銘ずるのだ。このことは国の防衛とも通ずる。
 つまり「やられたら10倍にして返すからな」という姿勢を常に見せておく
 ことが大事で、それがいじめの抑止と戦争抑止につながる。

④友だちなんか要るもんか、と覚悟を決めろ!
 友だちがほしい欲しい、と思っていると友だちはできない。
 そんなもの欲しかァねえや、と開き直ると、ふしぎや友だちが寄ってくる。
 人の世の摩訶不思議なところだ。ボクは孤独な生活が長かったせいか、
 孤独には慣れているし、怖くもない。最低限、家族さえいればいいや、
 と見切っている。クラスで孤立している? けっこう毛だらけ猫灰だらけ。
 平気な顔で孤独に堪えるのも修行のうち、と思い定めることだ。

←刈り集められ、お台場の「施設」に
収容された戦争孤児たち。彼らは
生きるために盗みでもかっぱらいでも
何でもした。家族を喪った彼らの孤独感
に比べれば、甘やかされて育った現代の
ガキどもの〝いじめ〟など屁みたいなものだろ。





それにしても衆をたのんで個をいじめるなんざ、人間の風上にも置けないね。
一人くらいいじめをやめさせる義侠心に富んだ生徒はいないのか。
「卑怯(ひきょう)」と「怯懦(きょうだ)」がいかにみっともないものであるか、
大人たちは声を大にして訴えなくてはならない。「命の大切さを教えました」
ではダメなのだ。ボクたちは「勧善懲悪」を映画館の中で学んだ世代だ。
最後には悪い奴らが亡びる――この古くて新しい原理原則を徹底して
植え付けなければいけない。

最後はユーミンの『ひこうき雲』で締めましょうかね。
これも自殺した子を悼む歌である。





←「月に雁」ならぬ「月に飛行機」






2017年9月1日金曜日

神童も二十歳過ぎればただの人

汗っかきのボクがイーグルスの『Hotel California』の中にある歌詞の
♬ sweet, summer, sweatという一節を口ずさんだら、居候のLucas(ルカ)
がなぜかニヤリと笑った。彼はこの曲を知っていて笑ったのではない。なにしろ
The Beatlesも知らない世代である、同じく50年ほど前に流行ったThe Eagles
なんて知るわけがない。

ではなぜニヤリとしたのか。言葉遊びである。〝甘い夏の汗〟というs
連なった言葉におかし味を覚えたのである。ルカは言葉遊びが好きだ。
例えば〝ル、イ、バ〟といったような(笑)。こんなふうに韻を踏む
言葉を並べてはひとりニヤニヤ笑っている。語彙が豊富になるわけだ。

「ルカ、こんな言葉を聞いたことあるかい?」
ルカを前にボクは質問をした。
Blood,Sweat,and Tearsという言葉だ。さて誰を思い浮かべる?」

ボクたちの世代なら1960~'70代に活躍したアメリカのロックバンド名を
思い浮かべるかもしれない。あるいはジョニー・キャッシュのアルバム名か。
しかしボクは或るイギリス人の名前を期待していた。

「もしかしてWinston Churchillのこと?」
ルカはボクの期待どおりの名を挙げてくれた。
そう、1940年5月13日、英国議会下院での首相就任演説の一節がこれだ。
〝I have nothing to offer but blood, toil,tears, and sweat 私は血と苦労、
涙と汗以外に捧げるべきものを持たない〟
ナチスドイツと戦うイギリス首相の断固たる決意を述べた有名な演説だ。

「どうしてこの演説のことを知ってるの?」
ルカに訊いたら、
「以前読んだ本の中に書いてあったような気がする」
ルカの返答にボクは嬉しくなった。Hitlerの『Mein Kampf我が闘争(英訳)
を真剣に読み込んでいる読書好きの少年だ。まだ15歳なのに下の写真のような
政治・経済関連の本を片っぱしから読み飛ばしている。

「電車の中でも一心に『我が闘争』を読んでるのよね。変わった子だね」
これはルカと一緒に都心へ出た時のカミさんの印象である。同い年の子で、
車内で一心不乱に『我が闘争』を読みふけるような日本人がいるだろうか。
ルカに感心するとともに、一抹の寂しさも感じざるを得なかった。

「政治とか経済とか、むずかしい本が好きなんだね」
ボクが問いかけると、ルカは、
「そう……でも別にむずかしくないよ」
だって。参ったな(笑)。
『我が闘争』はボクが17か18歳の頃に読んだけれど、実に難解だった
記憶がある。それにいかんせん分厚い本で、完読するのに四苦八苦だった。
ところがルカは、細かくノートをつけながらホイホイ読み進んでいる。

ふだんはおどけておバカないたずらばかりしているが、
読書をしているときの顔は真剣そのもの。集中力が並大抵ではないため、
声をかけてもしばらく気づかないときがある。バカなのか利口なのか、
いまだ判別がつかないが、ひょっとするとひょっとするかも知れない。
AFS練馬支部でも「支部開設以来の逸材かも……」などと噂していると聞く。
こう見えてもボクだって、神童と呼ばれた時期があったような気がしない
でもない……でもないか(笑)。←どっちなんだよ!
はてさて、どうなることやら。

いつの日か成人したルカと、酒を酌み交わしながら世界情勢について、
あるいはスタンダール並みの〝恋愛論〟かなんか戦わせられたらいいな、
なんて想像すると、ついこちらもニンマリしてしまう。
そんな日が来れば、ホストファミリーとしてこれほど喜ばしいことはない。




←『我が闘争』以外に、ルカが
読んでいる本。『BUSHIDO』は
ボクからルカへプレゼントしたもの。





※あとで聞いたところ、「Hotel Californiaくらい知ってるよ」とルカに抗議された。
じゃあ一緒に歌ってみよう、ということでボクがギターで伴奏をつけてやったら、
ひどいout of tuneだが、なんとか歌いきった。知らない、なんて勝手に決めつけてしまい、
ごめんね、ルカちゃま。近くルカとのデュエットを動画にアップするつもり。乞うご期待!

2017年8月28日月曜日

築地は外国人居留地か

一昨日、隣家のKさんと築地へ買い出しに行った。
Kさんは歯科医師で大学でも教鞭をとっている。
料理が得意で、魚丸ごと一匹を三枚におろすなんてお手のもの。
築地でよくサバを仕入れてきては自家製シメサバを造っている。

ボクは膝を悪くしてから外出がおっくうになり、
築地からも足が遠のいてしまっていた。
かつてはよく築地の場内外を歩き回り、仲卸の知り合いも多かった。
築地のしきたり』という売れない本も実名で書いている。

その〝築地通〟を任じていたボクが、今の築地にビックリ仰天。
土曜日で混雑するのは予想されていたが、この人混みはいったい!
どこも芋を洗うようではないか。それに外国人観光客の多いこと。
2~3割は外国人である。

真夏という時季もあってか、男は短パン、女性は胸の大きくひらいたシャツに
太もも露わなホットパンツ。若い娘のそれは大歓迎だが、肉布団のような
オバさんやバアさんまでそのいでたちだものね。ハッキリ言っちゃうが、
この時ばかりはイスラム社会がうらやましくなる。ヒジャブやニカーブで
露出過剰な肉体をすっぽり覆ってしまえば、どれほど公序良俗のためになるか。

築地はずいぶん変わった。豊洲移転を控えても、いまだに〝ゴタゴタしている
観〟があるが、場外市場は「築地ブランド」を半永久的なものにしたいのか、
最新設備を備えたビルをいくつも建てている。一方で、先般、火事騒動を
起こした一帯はブルーシートで覆われ、屋根は無残に陥没していた。

満員電車のような市場の雑踏から聞こえてくるのは、英語にドイツ語、
ひときわ甲高い中国語といったところ。わが家もフランス人の同居人が
いるから、ガイジンなんて別に珍しくもないが、これほどまで難民みたいに
大量に押し寄せてこられると、やはり多少の〝異和〟を感じる。この外国人
観光客数が東京オリンピックの頃になると倍になるのかと思うと、
いささかウンザリする。ボクは本質的に外国人ぎらいなのかもしれないな。

これからますますグローバリゼーションが進行し、文化が混成化していく。
異文化交流などという言葉には深刻ぶった響きは感じられないが、
ヨーロッパ諸国がいま置かれている状況は、「異文化交流」などという生やさしい
ものではない。見えてくるのは宗教対立、民族対立、人種対立といった異文化と
異文化との激しい対立という構図だけだ。日本だって例外ではない。もしも隣国の
どこかに革命でも起き大量の難民が発生したら、その一部がドッと押し寄せてくる
だろう。いつの日か日本もアメリカやヨーロッパのような多文化混成社会になって
しまうのだろうか。

わが家の居候Lucas(ルカ)は15歳の高校生だ。フランスはグルノーブル郊外
の出身で、まだパリにも行ったことがない。来日してすでに半年になろうと
していて、フランスのご両親はさぞ淋しがっているだろうと想像されるが、
ルカの話によると、淋しいことは淋しいが、その一方で「すごく安心している」
らしい。息子のいる国が日本だからである。治安が悪く、テロも頻発する
ヨーロッパなどより日本ははるかに安全で治安がよい。息子を送り出した彼らは
日本のことをそんなふうに見ていて、その「日本=安全」観がいまやヨーロッパ人
の常識になりつつあるという。そういえばAlexiaも似たような話をしていたっけ。
嬉しいような悲しいような、よくよく考えると複雑な感慨を覚える。

ボクが子供の頃は外国人が珍しかった。
もちろん話したことはないし、接触する機会は皆無に近かった。
いまは外国人だらけで、わが団地にもいっぱい住んでいる。
そのうちの何人かはボクの友人だし、団地の外にもいっぱい外国人の友だちがいる。

ボクの性格にひとつだけ良い点があるとすれば、open-mindedなところか。
言葉が通じようが通じまいが、相手が日本人であろうと外国人だろうと、
まったく区別なくつき合える。接し方が誰に対しても一定しているのである。
なぜそうなのかというと、ボクが誇り高い愛国者だからではないだろうか。
臆面もなく言わせてもらうが、国や民族に誇りを持っているから、どんな外国人
を前にしても動じることはないし、理不尽な言動にはすぐに反論できる。
要はいつもと変わらぬマイペースな男なのだ。

「愛国者」という言葉を使うと、つむじが左巻きの人たちはすぐ〝右寄りの人〟
などというレッテルを貼りたがるが、好きにしてくれ。GHQが日本人を骨抜きに
しようと考え出した「WGIP(War Guilt Information Programn)」にいまだに
憑かれ、洗脳が解けない人の、まあなんと多いことか。彼らのほとんどは
朝日・毎日・東京新聞の愛読者だ。トランプ米国大統領の言葉を借りるなら、
これらの左翼反日新聞の記事は一見もっともらしいことが書いてあるが、ほとんど
〝fake〟である。考えてもみてくれ、「私は自分の生まれた国を愛しています」
と大っぴらに言えない国がどこにあろう。

築地の話がとんでもない方向へ行ってしまったが、これもいつものことか。
真の愛国者になるためには、まっとうな歴史をしっかり学ぶこと。歴史を学ぶと、
「日本は侵略国家だった」などというGHQ、さらには支那、韓国の喧伝する
インチキで捏造された歴史観から解き放たれる。リベラルと称する反日左翼の
の欠点は、ただ一言にして尽くせる。
「不勉強――」
それだけだ。

さてタイトルに「築地は外国人居留地か」としてみたが、
事実、築地はかつて「外国人居留地だった」
築地鉄砲洲(現在の中央区明石町一帯)は明治期の約40年間、
外国人居留地だったのである。
その歴史的な記憶が、外国人たちを引き寄せるのであろうか。



←冷凍マグロのセリ場で。



2017年8月20日日曜日

異文化交流の日々

昨日は午前中にNHKの取材があり、取材班にはわが家までお越しねがった。
取材相手はなんと居候のLucas(ルカ、AFS練馬支部所属)である。
出演するのはNHKはEテレの『Rの法則』という番組。
予定としては9月12日(火)の18:55~である。

テーマは外国人留学生が日本の夏をどう過ごしているのか、というもの。
では、なぜルカが選ばれたのか? 本人曰く、
イケメンだから←臆面もなく自分でこうノタマウ
②日本語が比較的堪能だから
③意外性のある面白いことを言うから←これはボクの印象

①は、たしかにボクに似てイケメンだ。ただし笑うと途端にマヌケな顔になる。
②はボクの薫陶よろしく、かなり深い話まで日本語でできる。特に女の子を
〝ナンパ〟するときの言葉はさすがフランス人、実に豊富で深い。
③「好きな日本語は?」という問いかけに、ルカは端然として、
「ネリマタカノダイ」。質問者が「えっ? 何ですかそれ?」
「練馬高野台」。表情を変えずに再び言う。ただの近所の地名である。
ルカに言わせると、言葉の響きが男性的で「サムライみたい」なのだそうだ。

本番の収録は渋谷のNHK放送センターまで出向いて行う。
ちょうどその日は高校の始業式なのだが、事情を学校に説明したら、
快く欠席が許されたという。さて本番でルカがどんなおバカな発言をするか、
いまから楽しみである。放送禁止用語をいっぱい言っちゃえ、などと不謹慎な
ことをけしかけているのだから、とんだホストファミリーである。

さて昨日の夜はまた別のお客があった。
ボクのプール友達のCatherine(カトリーヌ)とご亭主のRodolphe(ロドルフ)
である。カトリーヌはベルギー人で、ロドルフはフランス人。2人ともフランス語
の先生で、アテネフランセや日仏学院、他にも複数の大学で教鞭をとっている。

ロドルフは30年近く日本にいるから日本語はほぼネイティブと同じ。
一方、カトリーヌのそれは少し怪しいが、ルカよりは数段マシか。
ビールに白ワイン、それにフランス製のチーズを4~5種類、さらに
モッツァレッラとトマトのカプレーゼ、スモークサーモン、薄く切った
バゲットなどが食卓に並んだ。

プールではボソッと一言いうだけの無愛想なロドルフも、
この日ばかりはお茶目な性格丸出しで、実に面白い。そのいでたちは
昔懐かしいヒッピーのそれで、全体はmonk(修道士)みたいな雰囲気なのだが、
耳にはピアス、ランニングシャツに下駄というラフなものであった。
ボクとの冗談の掛け合いでいったいどれほど笑ったものか。
ルカにあとで印象を訊いたら、
「フランス人の中でもかなり変わってるほうかも……」だって。
おれの友だちはどうしてこうも規格はずれの変人が多いのか。

てなわけで楽しいひとときを過ごしたが、
明日はルカと女房を連れて長野へ一泊旅行だ。
足が悪いものだから、旅行は苦手なのだが、せっかく留学生が来ているのだから、
少しは見聞を広めてやりたい。杖をつきつき、随いていくことにした。

ルカは将来、フランスの大統領になる、と宣言している。
最初はパリの「パリ政治学院」に入って外交官になるのだ、
と言っていたが、ボクが「お前ならきっと大統領になれる!」
とおだてたら、俄然その気になって、マクロンの次の次の次の……次くらいの
大統領になるつもりでいる。そしたらボクは『ルカ大統領の〝ナンパ交遊録〟』
なんて本を書いて大儲けするつもりだ。



←憧れの近藤勇になりきっているルカ。
こんなお調子者で、フランス大統領に
なれるものだろうか。ちょっとシンパイ。

2017年8月9日水曜日

8月は死者を悼む月

毎週水曜日は朝霞市民プール「わくわくどーむ」で泳ぐ日である。
さすがに夏休み中である、家族連れが多くてプール内は芋を洗うようだった。

しばらく泳いでいたら館内放送で、
「午前11:02分になったら1分間の黙祷を捧げます」
のアナウンスがあった。
72年前の8月9日、午前11:02分、長崎に原爆が投下された。
広島のウラン235の1.5倍の威力をもつコードネーム「Fat Man」
という爆弾で、一瞬のうちに7万4000人の命が奪われた。

ボクはレーンの端っこに寄り、静かに黙祷をささげた。
多くの人たちは、アナウンスが聞こえなかったのか、
それとも長崎への原爆投下という事実すら忘れてしまったのか、
変わらずはしゃぎまわっていた。ふとプールサイドの一角に目をやると、
外国人の男性がひとり直立し、静かに目を閉じていた。

『戦争を知らない子供たち』などという気恥ずかしくなるような歌を
得意げに歌っていた団塊の世代。そして、その世代に続くボクたちの世代。
あれからもう72年も経ってしまった……ああ、歳月!

あの日、アメリカのハリー・トルーマン大統領は、さすがに迷ったという。
彼は後に記者たちからその時のことを訊かれ、
「迷うどころか、こうやってすぐ決めたんだ」
と得意げに言い放ち、指をパチンとはじいたという。
が、実際は、日本に原爆を落とすかどうか相当迷ったらしい。

で、イギリスのチャーチル首相に相談したら、
日本人は〝beastly little yellow monkies〟だからいいんだ
と言われ、それはそうだと納得し、使う決心をしたという。

トルーマンは一時、全米に600万人の構成員がいた
白人至上主義団体「KKK」のメンバーだったこともある。
もともと筋金入りのracist(人種差別主義者)だったのである。

チャーチルも名宰相の呼び声が高いが、これまたひどい人種差別主義者だった。
1920年代、中東で軍から毒ガスの使用許可を求められた彼が出した回答が、
未開人に対して毒ガスを使用するのに、ためらう必要などない
というものだった。

ヒトラーも『わが闘争』の中で、日本人のことを〝東洋の山猿〟と
書いていたが、日独伊三国同盟を結んでいた当時の日本で、
その翻訳が出た時、さすがにその個所はカットされたという。
トルーマンやチャーチル、ヒトラーが特殊な考えの持ち主だったわけではない。
当時の白人たちには珍しくもない、ごくふつうの考えだったのである。

その山猿の子孫であるボクが、皮肉にも自宅に白人の高校生をホームステイ
させている。そして猿が食らうエサと同じものを日々、彼に与えている。
この素直で純朴な白色人種の子は、「おいしいです」と言って食べている。

人はなぜ人種や宗教で互いに反目・差別し合うのだろう。
なぜ白色が優秀で、黄色や黒色は劣っていると言えるのだろう。
白色が優勢だったのは、たかだか近・現代の300~400年だけである。
それまでは黄色を含めたカラードのほうが文化的にも文明的にもずっと優勢だった。
世界4大文明はすべてアジアとアフリカから興っている。

子供の頃に読んだ絵本にはこうあった。
白は生焼けのパン、黒は焦がし過ぎ、黄色くふんわり焼けたパンが一番おいしいの
この絵本の作者はパンに仮託して何を訴えかけたかったのだろう。
パンは何のmetaphor(隠喩)なのだろう。

広島と長崎への原爆投下は不必要なものだった。
それ以前から、日本は降伏のサインを再三にわたって出している。
しかし彼ら白人たちはわざと無視した。
猿をモルモット代わりにし、原子爆弾の威力を試してみたかったからである。
それとアメリカ側にはソ連の勢力拡張に対する牽制の意もあった。
当時、ソ連は火事場泥棒のように北海道の占領を目論んでいた。

広島、長崎に続いて8月19日には3発目の原爆を落とす予定だった。

小倉や京都、新潟などが候補に挙がっていた。
が、8月15日、日本が無条件降伏したため、計12発落とす予定だった計画
沙汰止みとなった。彼らにとって所詮、日本人はyellow monkiesである。
何匹くたばろうが知っちゃァいない。心が痛むことなど金輪際ないのである。

ボクのバンド仲間のN君は被爆者二世である。
彼のご母堂が長崎で被爆しただけでなく、祖母と叔父を同時に亡くしている。

戦争は遠い昔の話ではない。
目を凝らせば、ごくごく身近なところに、その爪痕は残っている。



←あれからもう72年……


2017年8月3日木曜日

よく寝る父子

近頃、何をするにもおっくうになってきた。
夏バテなのか加齢によるものなのか、生きる気力というか活力がめっきり
湧いてこないのである。あれほど好きだった洋画もまったく見る気がしないし、
仲間たちと飲んでも今ひとつ意気が上がらないのである。
「元気なさそうだけど、どこか具合でも悪いのですか?」
近所の知り合いにすれ違いざまに声をかけられた。
見た目にも悄然とした様子が見て取れるのだろう。

体調がすぐれない、というのはたしかにある。
夏祭り(7/22)の前後から体調不調を訴えてきたのだけれど、
その後遺症なのか。しかし今は下痢も収まり、めしも酒もおいしく
いただいている。それなのに、なぜか気分がふさいでしまう。
これはいわゆる〝不定愁訴〟というものなのだろうか。

ただ衰えないのは、読書慾だ。読みたい本が次々と出てきて、
ついAmazonに注文してしまう。本が届けばさっそくひも解くのだが、
ソファに横になり読み始めると、ものの数分で居眠りがはじまる。
お父さんはよく寝るね
居候のLucas(ルカ)にもバカにされる始末である。
おかげで部屋のあちこちに読みさしの本が山積みされている。

この数日、女房が浜松の実家に帰っているので、
わが家はボクとルカだけ。男同士だから気楽でいい、というのはもちろん
あるが、お気楽ついでに何もしない、という事態にもなる。
(食事作るのもめんどくせえな……)
留学生には三度の食事を与えなくてはならない、という決まりはあるが、
「おいしい食事」を与えろとは書いてない。で、怠けもののボクは手を抜く。

「ルカ、晩飯は外で食べようか?」
外食と聞くとルカは喜ぶ。たとえラーメン一杯でも素直に喜ぶ。
昨夜は奮発してインド料理屋でカレーやタンドーリチキンをごちそう
してやった。
(今夜は丸亀製麺でぶっかけうどんでも食わせるか……)
できるだけ安く上げようと、またまた外食を目論んでいる。

ルカとの生活は刺激があっていい。
なかなかクセのあるやつだが、頭はいいし、性格は素直だ。
部屋中をスッポンポンで歩き回るのだけはやめてくれ、
と叱ったこともあるが、昨日はパジャマ姿で外出してしまった。
フランス人というのは、いつもあんな調子なのか?

ま、世の中にはいろんな人間がいる。
たまたまわが家に同居することになったが、これも何かの縁だろう。
今まで十数カ国の留学生(高校生)がわが家の敷居をまたいだが、
みなそれぞれに何かを残していってくれた。今や家族同然につき合っている
子もいれば、その後、何の音沙汰もない子もいる。

だがそれでいい。留学生をあずかるのはあくまでボランティア活動。
無償の奉仕なのだから、反対給付など期待してはならない。
日本という国と、そこに住む日本人を好きになってくれれば、
それ以上言うことはない。ちっぽけな日本という島国には、
心のやさしい人々が暮らしている――そのことを知ってもらえれば、
もう言うことはないのだ。

今、午前10:30。
ルカはまだ寝ている。
「お父さんはよく寝るね」
というルカの言葉は、
ルカはよく寝るね、まったく」
と、毎日のように小言をいうボクに対する当てこすりなのだ。
口の減らないフランス人め……(笑)。